275 盟主ネイ
建物の中へと入ると、その光景に私は目を丸くした。
何せ、そこはオセリエの宮殿と全く同じ造りだったのだ。
内装も、側付きも、奥にある薄布も、そっくりなんて物じゃない、全く同じなのだ。
ただ、その薄布の奥から伝わる重圧は皇王の比ではない。
一瞬でも気を抜けば忽ち飲み込まれる、そう思わせる程の気配が放たれている。
無意識の内に身構え、その場から動けずに居ると、
「、、、ふむ。成程のう」
奥から声が響く。
何処か気怠げで、それ故に妙な色気すら感じさせるその声に、室内の空気が変わる。
重苦しい圧が和らぎ、代わりに、何か柔らかい物で包まれた様な安心感が伝わってくる。
だけど、私はそれが無性に気味悪く感じ、思わず顔を顰める。
「、、、あい分かった」
その僅かな変化に声の主が再び声を発する。
途端、またしても空気が変化し、普段通りの物に戻る。
一体何が起きているのか、まるで分からないままの私の前で薄布が翻る。
そして、奥から姿を現したのは一人の女。
身長は私よりも少し高く、体付きも出るところは出て引き締まる所はしっかり細く、その身に纏う妖艶な空気と佇まいは威厳に満ちていて、、、だけど。
「貴女は、、、」
「うむ、一目でそうと分かるかえ。流石、我が愛し子よな」
そのどれよりも目を引いたのが、彼女の顔だった。
そう、化粧やらで多少違いはありはするけれど、目の前の女性の顔は、どうみても皇王ネイなのだ。
あの幼い姿の彼女が成長したら、間違いなくこんな感じになると分かる程に、この女性は皇王ネイに似ているのだ。
呆気に取られる私の傍に歩み寄った女性は、少し屈んで私と目線を合わせると、澄ました顔に笑みを浮かべた。
「まだ混乱しているようじゃの。ま、仕方の無い事じゃ、まずは茶でも飲んで落ち着くがよかろう」
そのまま彼女に誘われ、いつの間にか用意されていた椅子に座る。
その向かいに彼女も座ると、目の前にお茶が用意される。
視線で促されてそれを口にすると、渋みの中にある僅かな甘みが心を落ち着かせる。
それを見た彼女が笑みと共に頷くと、側付き達が部屋から出て行く。
「まずは妾の事じゃの。察しの通り、妾はネイじゃ」
「ネイ、、、オセリエの盟主と、同じ?」
私の疑問に、彼女は僅かに目を細める。
「うむ。ここ、エオールにおいて妾は盟主ネイと呼ばれておる。して、まずは其方の疑問から解消していこうかの」
そう言い、盟主ネイは右手と左手、それぞれの指を一つ立てる。
「彼方のネイと、此方のネイ。結論から言えば、我らは同一の存在じゃ」
「同一?それは、つまり」
「うむ、彼方の妾より聞き及んでおろうが、今ここに居る妾は分体じゃ。力を分け、二つの国の主として有る為のな」
両手を広げ、それを重ね合わせる盟主ネイ。
その手をゆっくりと解き、私へと向ける、、、その意図に、私は何となく事情を察する。
「、、、魔王の影響、ですか」
「うむ、気を悪くするでないぞ。そも、当時この地に民を統べるに足る者も居らなんだ。故に、妾は己を明かして新たな国造りを手伝ったのじゃ」
それを言われると何も言い返せないけど、だけどまだ疑問もある。
それが顔に出ていたのだろう、盟主ネイは頷くと、両手を少し広げてみせる。
「其方の疑問も最もじゃ。オセリエとエオール、この地の国が別たれたという話は知られておるからの。じゃが、それこそが妾の策なのじゃ」
「では、わざと国を分裂させた、と?」
「そうじゃ。無論、本来の意図を知られぬ様、尾鰭を付けて噂を流布したがの」
まるで悪戯を成功させた子供の様な笑みを浮かべる盟主。
だけど、その笑みはすぐに消え、鋭い視線が私を射抜いた。
私は理由を問おうとしたのだけど、それを察した彼女が機先を制したのだ。
「その問いは駄目じゃ、今はまだ言えぬ。じゃが、それもまた其方の為とも言える。今はそれで妾を信じてはくれぬか?」
「、、、それは」
「分かっておる。彼方の妾がしくじったのであろう。彼方と此方は独立しているが、それでも多少の事は把握しておる、、、アレは過去に囚われ過ぎなのじゃ」
刺すような視線が消え、代わりに彼女の手が私の頬に触れる。
「妾とて思いは同じじゃ、どうあっても同じ存在が故にな。じゃが、アレは過去に縛られ、同じ過ちは犯さぬと盲目になってしもうた。それが其方を傷付け、不信を買うと気付けぬ程にの」
「何故、貴女は私をそこまで、、、」
私の問いに、彼女は目を伏せ、小さく息を吐き出す。
そして、目を開くと、意を決したように彼女は口を開いた。
「、、、それもまだ言えぬ。じゃが、一つ言えるとするならば、其方の記憶が不完全なのは妾の干渉故じゃ」
彼女が、ネイが、私の記憶を封じた?
突然の告白に、私は言葉を失う。
そんな私に、彼女は言葉を続ける。
「魔王の記憶、それ即ち、邪神の記憶。良いか、其方は其方の意思で魔王になったのではない。そも、全ては我等が末妹、自らを邪神と呼ぶ彼奴の策なのじゃ。彼奴の痕跡をこの世界から消す、その為に記憶を封じたのじゃ」