27 紡がねばならぬモノ
魔導馬車の中、私の向かいに並んでレオーネとミレイユが並んで座っている。
少し前にレオーネが馬車に来て、挨拶もそこそこに私はベオークの屋敷であった事を話した。
100年前から続く因果、フェオールとベオークの真実、ミレイユの体の事。
私に係わる部分について以外、あの日知った事全てを、この二人には語って聞かせた。
二人の反応はそれぞれだった。
レオーネはやはりというか、かなりの衝撃を受けたようだ。顔色が二転三転した挙句に今は両手を硬く組んで膝の上に置いて、そこに視線を落としている。
ミレイユは、やっぱり何かしらに気付いていたようで、納得したような、それでもまだ事実を受け入れられてないような表情をしている。でも、その眼は真っ直ぐに私に向けられていて、強い意志を宿していた。
(本当に、強い子ね)
彼女の目を見返しながら頷いて見せると、少しだけ安心したように微笑む。
「で、アンタよ」
ついっと、私の隣に座るアインに移す。彼はレオーネを呼び出した後、私が呼び込んだのだ。抵抗するかとも思ったけど、待っていたかのように素直に従いここに居るのだった。
「どこまで知ってるワケ?一応、それなりに頭に来てるから、変に誤魔化すなら」
「承知しております。こうなっては知る事を全てお話いたしますよ」
殺気を隠さない私の目を真っ直ぐに見つめ返して、あの軽薄な笑みを消した真剣な表情で頷く。どうやら私に殺されるのも覚悟の上、という事らしい。私が腕を組んで話を聞く姿勢にすると、目を伏せながら口を開く。
「まず、貴女様が先程お話になられた事は私も存じておりました。あぁ、アブリルは知りません、あの子は無関係ですのでどうかご容赦を。お気付きの通り、私はベオーク家の私兵部隊、その中の暗部を取り纏める立場に御座います。役目は、これまではミレイユ様の動向や体調の報告、ここ最近は」
そこで一度言葉を切ると、彼は一度だけ目を閉じ、ゆっくりと開いて私に告げた。
「リターニア様の追跡、捕獲。目的は、ミレイユ様の身代わりで御座います」
「アイン!?それは一体どういう事なのですか!?」
ここまで目を伏せながらも聞きに徹していたミレイユが珍しく声を荒げる。それに隣のレオーネも方眉を上げて彼を睨むように見つめていた。
「やっぱりね。確信を得たのはこの前だけど、全てランヴェルトの命令ね?」
私は頭の中で得ていた答えを口にする。これまでの動きや、何より先日のあの態度。ランヴェルトがこれまでやってきたであろう事と今もしている事、その全てが。
「ご明察です、当主様の命令の全ては、ミレイユお嬢様の命を守る為でございます」
「そんな、、、なぜですか!?それがなぜリターニア様を拐かす事に!」
「アルジェンナが自分の命を永らえる為。さっきも言った通り、アイツは他人の命を魔力として取り込んで100年以上生き続けてきた。聖痕を持つ私を喰わせれば、数十年以上はアイツの腹を満たせるでしょうね、だからランヴェルトは、貴女の代わりに私を差し出そうとしていた」
「だが、これまでは?一体彼女はどうやって今日まで?」
レオーネが当然の疑問を口にする。ただ、ここから先は彼等にも、そして私にも大きな変化を齎す。
「もしかしたら孤児とか身寄りのない人も喰ったかもしれないけどね、、、」
言葉を続けようとして、一度だけミレイユに視線を送る。これ以上彼女に負担は与えたくはない。けれど、知らずにいる事は、きっとそれも重荷になる。それ以上に、罪悪感を感じてしまうかもしれない。
少しだけ迷い、それでも私は言葉を続けた。
「一番効率が良いのは、血の繋がった存在。アイツは間違いなく、自分が生んだ子を喰らってる。どれくらいの数かは、、、想像もしたくないけど」
「そんな、、、では、ワタクシは、、、」
「言っておくけどね、それで貴女が責任を感じる必要は無いのよ。もし罪があるとするならそれはアルジェンナ。そして、、、」
馬車の中に居る全員の顔を見回す。
今を生きる者達に、これ以上荷を持たせる訳にはいかない。
「私の責任、いえ、罪よ」
はっきりと告げる。
アルジェンナという存在が明るみになった以上、私の事も少し明らかにするしかない。例え全てではなくとも、話すべき真実がある。
「私は、アルジェンナと同じような存在。正確に言えば118年前、ブライムやアルジェンナ、聖痕の救世主と呼ばれた彼らと同じ時を生き、死に、そして、、、18年前、リターニア・グレイスとして生まれ変わった」
目の前に居る彼らがそれぞれ衝撃に目を瞠る。私の言葉をどう受け取ったのか、言葉にならない声を押し殺している。
「理由は、正直分からない。いえ、聖痕のせいなのは確かだけど、なぜこの時代にこの場所でなのかは、、、何ともね。ただ、私にはかつての知識や記憶があり、力もある。それを揮う事で何が起こるかも、理解している」
少しだけ嘘は混ぜたけど、概ね真実ではある。ただ、それを受けてレオーネが納得のいった表情で口を開いた。
「だから君は、聖痕についてあれだけ詳しいのか。既に多くを知り尽くしていたから。それに加えて、あの追撃者共へのアレは、つまりそういう事なんだな?」
「ええ、そうよ」
一言だけ返し、頷く。
だけど、これ以上は話せない。ここから先は、私の正体にも繋がる。彼らに、ソレは背負えない。確実に潰してしまう。
「ワタクシは、、、」
沈黙を破ったミレイユが私に顔を向ける。その表情は、暗く沈んでいた。
「ワタクシは、どうすればいいのでしょうか。真実を知った以上、もう今まで通りに生きては、、、」
やはり罪の意識に苛まれているのだろう。両手を固く握りしめ、今にも泣きだしそうだ。
その彼女の手に、私はそっと両手を添える。
「生きなさい、必ず。辛いかもしれないけど、これまで居たであろう兄弟姉妹を想うなら、辛くても悲しくても、逃げ延びてでも生きなさい。前に言ったでしょ、運命から逃げて、と。立ち向かわなければいけない事なんて無いのよ」
「それは、、、」
「アルジェンナがああなった原因は、私よ。罪は全て私にある。だから決着を付けるのも私。貴女はまず身を隠して」
アインに目を向けると、彼は深々と頭を下げる。
「お心遣い、誠に有難う御座います。ミレイユお嬢様の安全は必ずや」
次にレオーネに目を向ける。彼もまた、居住まいを正して私と向き合う。
「レオーネ、貴方は彼女を守りなさい。フェオールの聖痕を正しく受け継いだなら、それは貴方も、周りも成長させる」
「承知した。レオーネ・フェオール第一王子として、王位継承者として、そして聖痕を持つ者として、必ずや役目を果たします」
最後に、もう一度ミレイユの目を見つめる。右手でそっと頬を撫で、微笑みかける。
「貴女にも、やらないといけない事がある。分かるわね?聖痕を正しく引き継ぎなさい。そうすれば、貴女の体も元に戻る。忌まわしいかもしれないけれど、聖痕を受け継ぐとは、命を受け継ぐ事。その後で、どうするか決めなさい。もし聖痕を手放したいのであれば、私が助ける。でも、今のままではどうしようもない。だから、一度だけ、勇気を出して立ち向かって」
「ワタクシに、出来る事。立ち向かう、勇気」
私の言葉を繰り返し、そっと目を伏せる。何度か深く呼吸を繰り返して目を開く。
その瞳に、強い意志が宿っていた。
「分かりました。ミレイユ・ベオークとして、為すべきを為しましょう」
力強く頷き、私の手をぎゅっと握り返す。それに頷いてみせ、
「なんだ、どうした!?」
隣に居たアインが急に声を荒げた。馬車の外に誰かが来たらしい。それと同時に、
「お話し中失礼いたします!」
馬車のドアが開き、衛兵が息を切らせながら声を上げる。
「どうした、何があった!」
「断絶山脈より、魔物が出現したとの報告です!」
衛兵の言葉に全員に緊張が走った。加えて、
「ランヴェルト様が囚われただと!?アルジェンナ様に!?」
アインの言葉にミレイユが両手で口を押える。
「王子殿下、出現した魔物なのですが」
「大群か?規模は?」
「それが、、、」
矢継ぎ早に伝わる報告。
だけど、衛兵の齎した情報は、私達をさらなる衝撃の渦へと叩き落した。
「魔物の数は1!ただし、、、目撃した兵によれば、その魔物は、、、山のような巨体であるとの事!」
さぁ、いよいよ第1章クライマックスへ突入です。