269 裏切りの神
皇王ネイが語るには、かつてこの世界を創り出した最初の神は、世界が発展していくにつれて己の力を分かち、新たな神達を産み出したという。
皇王もまた、その内の一人であり、他にも多くの兄弟姉妹となる神々が居たという。
ところが、その内の一人が己に与えられた役割を不服として反乱を起こす。
不意を突いた事で早々に数人の神が破れ去り、失われたのだけど、直後に他の神達により敗北。
失われた神は長い時を経て還ってくるそうだけど、その間、それぞれが与えられていた役目を誰かが担わないとならない。
そこで、他の神々は反乱を起こした神に罰としてその役割を与えた。
その神もまた、諭された事で改心、己の行いを省みてそれを受け入れた、、、表向きは。
皇王は沈痛な面持ちで語り続ける。
「彼奴はな、あまりにも狡猾じゃった。あの時の態度は心底反省し、罪を償おうとしているように見えたのじゃ、、、それこそが策であると、誰にも気付かせぬままに、な」
その後、長きに渡り平穏は続いた、、、その裏で、新たな野望が進んでいる事など知らぬままに。
数千年の時が流れ、世界は安定し、多くの命に溢れるようになった。
特に神達が慈しみ、見守り続けたのが、人だ。
世界が誕生し、数多の生き物が生まれ、死に、それを繰り返して進化、発展を遂げる中、人だけは他と異なる道を歩んだという。
今の私からすれば、こうして生きているのは当たり前だけど、なんとかつては魔法なんて誰一人使えなかったというのだ。
それ以外にも、人はどんどん進化をしていき、最も多くの数を持つ種族となり、世界中で繁栄していった。
その裏で、再び神達の戦いが始まった。
かつて裏切りを働き、敗北して以来、従順を装っていた神が行動を起こしたのだ。
しかも、今度は間接的に、、、そう、人に対して攻撃を始めたのだ。
人々を護る為に動いた神々だが、それもまた裏切りの神の策だった。
その神は人々の魂に直接手を加え、強大な力を与えていた。
そして、その人々は力を与えてくれた存在こそを神と信じ、彼らを護る為に現れた神々を偽者と断じ、そして、、、
「我は運が良かった。だが、、、多くの神々は護ろうとした人々により討たれた。勿論、本来ならそれはあり得ぬ。だが、長い年月を掛けて彼奴は我らの力をも削ぐ策を張り巡らせておった。そも、我ら神の力の源はこの世界に生きる全ての魂と関わりがある。生命が溢れれば溢れる程、我らもまた力を増す。その流れに、彼奴は手を加えたのじゃ。結果、本来我らに等分されるはずの力の殆どが彼奴に奪われた。かつて彼奴が手を下した兄弟達もまた、甦る事無く彼奴の力となってしもうた。その時点で、我らの敗北は決定的となった。そして、その事に気付いた時点で半数近くの兄弟姉妹が失われた、、、」
言葉を切った皇王が温くなったお茶で喉を潤す。
私も、喉が渇き切っていたけど、だけどお茶に手は伸びなかった。
ただひたすらに、両手で胸を抑えて、内から湧き上がるモノを鎮めていた。
「残された兄弟姉妹は何とか抗い、だがそれも無駄に終わった。そして、最後の賭けに出たのじゃ」
兄弟姉妹の半数を屠った裏切り者は、その頃から自ら邪神と名乗り始めた。
そして、神の住まう世界から他の神々を放逐し、全てを手にした、、、とはいかなかった。
人々の下にやってきた神々は、既に邪神を滅する事は不可能と判断、最後の策として是が非でも封印する事を決めた、、、その為に、その身を犠牲にする事も。
そして、それを成し遂げる為に、神は人々に力を与えた、、、神の力の一部、即ち、聖痕を。
聖痕を与えられた人々は、神々の策を受け入れ、神の体を楔として邪神の封印を決行した。
勿論、邪神も抵抗し、神も人も多くが失われたが、その果てに、、、
「今でも鮮明に覚えておる。彼奴の壮絶な抵抗に多くの者が倒れていき、それでも最後は、我らが勝った」
そうして、全ては終わりを迎えた、、、とは、ならなかった。
封印されても尚、強大な力を持つ邪神は世界に干渉を続けた。
「我はな、彼奴の封印と、世界を見守る為に最後の神として留まった、、、他の者達からも頼まれたが故にな。じゃが、封印は盤石、世界も何とか平穏と安定を保っていた、、、あの時までは」
これまで、何処か遠くを見つめる様に語ってきた皇王が視線を移す。
その視線で、何を言わんとしているのか私は理解する。
「、、、魔王、ですね?」
私の言葉に、皇王はただ静かに頷く。
その後、暫し逡巡した後、彼女は口を開いた。
「其方の胸にある聖痕、、、彼奴は封印されながらも我らの最後の策を解したのじゃ。そして、それを人に与えた、、、それが」
「私の胸にある聖痕、、、」
「そうじゃ。何故、其方にそれが宿ったのかは我にも分からぬ。だが、恐らくヤーラーンでの出来事は彼奴が黒幕じゃ。封印は解けてはおらぬが、綻びは大きくなっておる。その証拠に、我は一度彼奴の存在を感じ取った」
彼女が遠くに目を向ける、、、その方角は、西。
その行動に、何故か私は胸が苦しくなるのを感じた。
そして、そんな私の様子に気付く事の無い皇王がもう一度私と視線を合わせ、、、
「ウルギス帝国。彼の地にて、邪神が何かをした可能性がある」