268 愛するが故に
オセリエ伝統皇国。
今でこそ伝統と規律を重んじる国として名を馳せているけど、数十年程前までは別の意味で名を知られていた。
・・・魔王を産んだ国・・・
オセリエは百年前まで違う名を冠し、それなりに栄えた国であった。
ところが、ある時世界を揺るがす事件が起きた、、、それもその国を発端として。
その国はたった一晩で滅んだ。
いや、実際にはもっと前から少しづつ終わり始めていたのだけど、決定的な悲劇である王都の壊滅という、当時をしてもあり得ないとされていた大事件が発生。
しかも、それがたった一人の人間の手によって引き起こされたとして、世界を震撼させた。
まぁ、言うまでもなく私がやった事だけど。
それはともかく、そうして私は生まれ故郷をこの手で滅ぼし、それを知って兵を派遣してきた世界中の国とも戦う事になったのだけど、当時私が拠点としていたのは当然この地である。
であれば、そこは戦いの影響でどんどん荒れ果て、人など住めない有り様へと成り果てていったのも当然な訳で。
皇都と呼ばれてはいるこの街だけど、何処か落ち着きのある、まぁ本音を言えば都とは到底呼べない位には質素な景観ではあるのだけど、道行く人々は皆生き生きとしているし、隣を歩く皇王も何処か誇らしげだ。
細かい事は覚えていないし、相変わらず記憶の欠落もあるけれど、そもそもとしてオセリエとエオールがある大陸は一時私が支配した領域だった。
それが百年の時を経てここまで人が戻り、国として復興を遂げているのだから十分に凄い事だ。
いや、私がとやかく言う資格は全く無いのだけど、それでも色々と思う所はあるのだ。
何せ、魔王として少なくない人を私は殺した。
その多くは各国の兵士達だけど、特にこの大陸に住んでいた当時の人々は男も女も、子供も大人も関係無く命を奪った。
人と言う存在に絶望し、一切を信じなくなった私は目に付いた町を襲い、理由も無く人を殺したのだ。
わざわざ探して回った訳では無いけれど、派兵されてきた連中と戦ううちにアチコチへと移動を繰り返していたから、その先で見掛けたらそのほとんどは滅ぼしていった。
今この地に生きる人々は、そんな魔王の手から運良く逃れられた人々の子孫だろう。
勿論、移住してきた人達も居るだろうけど、それでも生まれ故郷を元に戻そうと奮起した人達が居たのは間違いない。
その結果が、今私が見ている光景なのだ。
皇王に案内されて皇都を見て回り、その後案内された店で少し遅めの朝食を済ませ、今は別の店で彼女と二人きりでお茶を飲みながらそんな事を考える。
「どうじゃ?中々に良い町じゃろう?」
柔らかい笑みの皇王が私に問い掛ける。
彼女の言う通りではあるのだけど、ただ、私は素直に頷く事が出来ない。
かつてはともかく、今の私は己の行いの罪深さを理解している。
だからこそ、彼女達に対して私は如何なる言葉も返す事は出来ない。
ただ机の下で、両手を硬く握り締める。
だけど、皇王はそれをも見透かす様に頷き、静かに私の隣に座ると私の手にその小さな手を重ねる。
「、、、其方の考えている事は分かるつもりじゃ。我も少し無神経過ぎたの、済まぬ」
「いえ、、、私は、、、」
「言わんで良い。其方が言うたのじゃぞ、今はリターニアであると。簡単に割り切れぬだろうが、そも、あのような事になったのは其方の責では無い。そこまで思い詰めるでない」
その言葉に、私は顔を上げて彼女を見つめる。
その瞳は真っ直ぐにこちらへ向けられていて、まるで心の奥底まで見通している様だった。
「貴女は、、、本当に神なのですね?」
「そうじゃ、これでも悠久に等しい年月を生きておる。まぁ、既に大半の力を失っている故、この様な姿になっているがな」
そう言ってはいるけど、小さな体を恥じる事無く、堂々としているその姿からは確かに他とは違う威厳を感じさせる。
ただ、私が話す時にだけ、彼女はほんの僅かではあるけど表情を曇らせるのは何故だろうか。
それから暫く、色々と言葉を交わし。
「成程のう、ヤーラーンで神を名乗る者が暗躍しておった、と」
「結局、正体は分からずじまいだし、目的も不明。神は貴女以外にも居るのですか?」
私の問い掛けに、彼女は暫し目を伏せ、そして意を決した様に私を見つめた。
「姿を残しておるのは我だけじゃ。他の者は器を失っておる」
「、、、含みのある言い方ですね」
「、、、其方も、他の者もそれを見た事がある」
見た事がある?
いや、まさか、、、
ある可能性に思い至った私の顔を見て、皇王はゆっくりと頷く。
「そうじゃ。其方や他の者が宿す聖痕、、、それこそがかつての神そのもの。我が兄弟姉妹達が人に贈った力なのじゃ」
彼女の話を聞きながら、無意識の内に私は胸に手を当てていた。
この身に宿す聖痕は、私を不幸に導いた。
特に、この胸の聖痕。
今でこそ力の制御が出来る様になっているけど、生まれてから短くない期間、この力は勝手に溢れ出て、死を振り撒いた。
それが、、、神の力?
こんなものが、、、望んだ訳でもないのに勝手に宿ったこの力が、、、
「、、、どうして、そんな事を?」
努めて冷静に、問い糺す。
それでも、一度火が付いた怒りは溢れ出て、それに気付いたであろう皇王が立ち上がり、そして。
「人を護らねばならなかった、、、例え姿を失おうとも。だが、、、それこそが彼奴めの策だったのじゃ」
皇王はゆっくりと手を掲げ、私の胸、いや、そこにある聖痕を指差す。
「其方のそこにある聖痕こそ、神々が姿を失う事となった元凶、、、自ら邪神と名乗った裏切り者の力なのじゃ」