263 彼等の願い
僅かに残る城の残骸、その中心に彼は居た。
体中に変化の跡を残しながら、それでもなお、ラウはまだ生きていた。
一番最後に取り込まれ、その後間も無く私により宝石が破壊されたからか、彼だけがまだ奇跡的に己を維持していたのだろう。
だけど、それも長くは保たない。
一時的とはいえアレと一体化していた以上、私の攻撃の影響は免れない。
事実、彼の手足は震え、立っているだけでも限界だ。
そんな状態でも、彼は真っ直ぐに私を見つめる。
その瞳に、どの様な感情が込められているのか、、、私には分からない。
右足を引き摺りながら、ラウが歩き出す。
真っすぐこちらを見ながら、迷う事無く、少しづつ、少しづつ、私の下へと近付く。
途中、瓦礫に躓き、窪みに足を取られ、無様に転げ、それでも彼は止まらない。
正直、それを無視してここから立ち去っても、彼の結末は変わらない。
だけど、私は動かずに彼を待つ。
ああまでして、彼は最後に何を伝えようとしているのか、それを見届けないといけない気がする、、、それが、エオローとヤーラーンを巻き込んだ戦いの最後に残された私の責務なのかもしれない。
そうして、長い時間を掛けて彼は私の下へと辿り着いた。
元々、満身創痍だった彼だけど、目の前に居るのはいつ死を迎えてもおかしくない程に弱った、余りにも憐れな存在でしかなかった。
そんな有様にも係わらず、その眼の光だけは初めて会った時と変わらない、強い意志を宿し続けていた。
私からは語り掛けはしない。
ただ、手を伸ばせばすぐ触れられる距離で真っ直ぐ見つめ合う。
そして、ゆっくりと彼が口を開く。
「少々、、、予想外でしたが、、、ようやく、、、終わり、ました、、、」
皮肉気に口元を歪め、右手を胸に添える。
それはまさしく、彼が何度も見せていた礼の姿勢だ。
「、、、まさか、アレを壊すのが目的だったの?」
「どうでしょうかね、、、私の願いなのか、、、俺の願いだったのか、、、とっくの昔に、、、忘れてしまいましたよ、、、」
ラウとゼム、二人の魂はそれぞれ独立していたけど、どうあっても体は一つで、そうなれば当然表に出て来れる意識も一つにならざるを得ない。
二人がどうやって互いの意識を入れ替えていたかは分からないけれど、それを繰り返していればやがて二人の意識は綯い交ぜになり、己を見失う事になる、、、きっと、二人の自我は早くに混ざり合い、境界が無くなっていたのだろう。
「それでも、、、俺達の願いは、、、変わらなかったんだ、、、」
彼等が後ろを振り返る、、、その視線の先にあるのは、無だ。
「この国を、、、神に狂わされた父を、、、俺達などを産んだ母を、、、そして、、、何よりも狂っていた私達を、、、終わらせる為に、、、」
胸に添えられていた右手が、ゆっくりとこちらへと伸びてくる。
震える指先が私の頬に触れ、優しく撫でられる。
「フフ、、、貴女の事を知った日の事は、今でも覚えています。何せ、、、ようやく我が望みを果たしうる存在だったのですから。だからこそ、是が非でも我が物にしたかった、、、どの様な手段を用いてもね、、、」
「なら、始めからそう言えば良かったじゃない。そうすれば、私はあんな目に遭わずに済んだし、貴方だって」
その先は、彼の指によって遮られた。
薄々感じてはいたけど、やはり彼等は、、、
「言ったでしょう?この願いには、私の死も含まれる、、、だからこそ、貴女に刻みたかった、、、私という存在の、、、生きた証を、、、ただの我が儘ですよ、、、結局、全ては」
前触れなく、彼等の体から力が抜け、崩れる様に倒れ伏す。
一瞬だけ迷い、だけど手を伸ばしてその体を支える。
「おや、、、お優しい、、、ですね、、、」
「相変わらず口の減らない奴ね。アンタの最後の望みを叶えてあげるんだから、感謝しなさい」
疑問の表情を浮かべる彼を地面に横たえ、私は彼の足元に移動する。
そして、両足の甲に手を添え、胸の聖痕に魔力を送る。
「なにを、、、」
「聖痕の聖女の救済よ。最後に言い残す事は?」
私の問いに、彼は静かに首を振り、そのまま目を閉じて大きく息を吐き出す。
彼等は最後の時を受け入れた。
なら、あとは。
「移痕の儀、展開」
胸の聖痕から魔力が流れ、私の手を伝ってその先にある足へと伝わる。
それに呼応して、そこに刻まれた聖痕も光を放ちながら浮かび上がる。
本来と違う、一つの聖痕が分割されて両足に宿る状況だけど、それでも私はそれを正確に捉える。
そして、それは静かに光を失い、彼等から失われていく。
同時に、その魂も引き寄せる。
ラウのした事を赦す気は無いし、ゼムの嘘を許すつもりも無い。
けれど、彼等の望んだ事には私も共感出来る部分がある、、、何せ、かつて世界を敵に回した事があるのだから。
右足の甲に宿った聖痕は正常に機能している。
そして、ようやく眠りに就けた彼等の亡骸を埋葬し、私は一人その場を去る。
エオローに面する岬へと辿り着いた私は、最後に振り返り、全てが失われた国の姿を目に焼き付ける。
結局、神が何であるのかは分からず仕舞いだったし、その目的も不明のまま。
しかも、私自身も何かを内から失った感覚が抜けないままでいる。
私自身の記憶の欠落もまた、それと関係があるのだろうか、、、全ては謎のまま、私はここを去る。