26 紡いできたモノ
フェオール王国王都ブライテス、大通りから一歩奥に入り込んだ路地裏。
そこに一台の馬車が停まっていた。馬は繋がれておらず、御者の姿も見当たらない。だけど、その室内は仄かに明かりが灯されており、私はフラつきながらその馬車に近付く。
迷う事無くドアを開けて中に入ると、
「おう、遅かったな嬢ちゃん。どうし、、、おい!」
朦朧とする意識を何とか繋ぎ止めて馬車の床に倒れ込み、伏す前におじさんが受け止める。
「おい!なんでこんな服がズタボロだ!何があった!」
「ごめん、、、何か、、、」
途絶え途絶え何とか言葉を発する。
ベオークの屋敷から逃げ出す事は出来たけど、魔力があっても、とにかく血が足りていなかった。
あの時は何とか耐えられたけど、流石にここまで逃げるには厳しかった。途中から体が重くなり始め、段々と意識が霞み始めた。ギリギリで何とか馬車に戻れたけど、流石に限界だ。
王都に戻った際、偶然王都を脱出する時に世話になった馬車のおじさんを見つけ、事情を話して隠れ家として馬車を使わせて貰った。ついでにその後の事も頼もうと思ってはいたけど、まさかこんな形になるとは思わなかった。
「傷は、無いみたいだな。だが顔色がマズいぞ、こいつぁまるで」
「うん、、、、色々あってね、、、血が、足りない、、、」
「待ってろ、ちょうどアイツも来る頃だ」
私はそれに何とか頷くと、おじさんがそっと寝かせてくれる。羽織っていた上着も被せてくれて、私もようやく体から力を抜けた。そこに、
「やぁ、グランさん。お待たせって、貴女は」
別の人が馬車に乗り込んできた。その人はおじさんににこやかに挨拶し、直後に私を見てその表情を強張らせた。
「ヘンネス、食い物と薬あるか?嬢ちゃんがマズい事に」
「ええ、顔色を見れば分かりますとも。リターニアさん、お久しぶりです。と、言ってる場合じゃないですね。とりあえず準備をします」
物腰柔らかに、だけど迅速に背負っていた鞄を降ろして中から色々と取り出し始める。
このヘンネスと言う人は、私が王宮に居た頃にやって来た商人で、まぁ表と裏を知るやり手の人だった。私の脱出を支援してくれた人の1人で、あの偽造身分証や服などを揃えてくれた恩人でもある。
偶然にもこの2人は知り合いで、今回もお世話になる事にしたのだけど不幸中の幸いか、それに救われる形になった。だけど今はそれどころではない。一刻も早く東に向かいミレイユを保護しないと。
「悪いけど、今すぐ東の町に行ける?急がないとっ!」
「落ち着け、今の状態で無理すると」
「移動中に休めばいいから。今は時間が無い」
私の焦りが伝わったのか、グランさんが一つ頷いて外に飛び出していった。その間にもヘンネスさんが食べ物やら薬やらを準備してくれていた。商人だけあって、私と王都で再会した時点で何かしらを察していたのかもしれない。
「すみません、お金は後で必ず」
「いえいえ、結構ですよ。貴女には王宮と繋がりを作っていただきましたから。それだけでも返しきれない利益を頂いてます」
この人はどんな時でも笑みを崩さないからすごい。今の私を見ても一瞬強張っただけですぐに次を考え動いている。
そうこうしていると、私を抱き起こして食べ物や飲み物を少しづつ口に運んでくれる。さすがに少し恥ずかしいけどそれに甘える。今は体力を回復させるのが最優先だ、恥なんて気にしてる場合ではない。
「待たせたな、出すぞ」
いつの間にか戻ってきてたグランさんが御者台から声を掛けてきた。それと同時に馬車が動き始めて夜の王都を駆け抜けていく。
馬車が王都東門の検問を抜け、街道を走る。
「少し飛ばすぞ。多少の揺れは我慢してくれ」
「床に敷物を置きました。リターニアさんなら問題ありませんよ」
食事、その後に薬まで飲ませてもらった私はだいぶ楽になってはいた。けど疲労までは取れず、自然と瞼が重くなってきていた。
「少し眠ってください。どのみち町まで早くても1日半。十分休めますよ」
気を利かせてくれたヘンネスさんが声を掛けてくれた。後の事を考えてそれに頷く。
「あ、もし王族の馬車を見つけたら引き留めて」
「王族の馬車、ですか。さすがにそれは」
いきなり王族の馬車を止めてくれだなんて、一歩間違えば切り捨てられる事だけど、ミレイユを王都に行かせる訳にはいかない。ならば、奥の手を使うしかない。
「私の名を出して。後は私がやるから」
彼が珍しく表情を真剣なものにした。私の言葉がどういう意味を持つか、この人達は知ってくれている。私がそれを口にした時点で逼迫した事態だと気付いてくれただろう。
彼は頷きで返事をすると、御者台に顔を出す。それを見届けて、私は目を閉じて意識を手放した。
なんだか柔らかい物に包まれている気がする。それにふんわりとした甘い匂いもする。
もしかしてこれが天国ってやつかなぁ、なんてぼんやりとした頭で考える。
そういえば、何か声も聞こえるがする。鈴が鳴る様な、心地良い声だ。頭の下にある柔らかい何かと合わせて本当に向こうに逝ってしまいそうだ、なんて間抜けた事を考えていると。
「あ、目を覚まされましたか?」
すぐ近くから本当に声がした。驚いて目を開けるとそこには。
「ああ、リターニア様!良かった、本当に、、、良かった、ですっ!」
大粒の涙を浮かべたミレイユがそこに居た、、、えっ?どうして?
訳が分からず言葉を失う私を、何か勘違いしたミレイユが覆いかぶさるように抱き着いてくる。
ギュッとされるのは良いけど、と思ってそこで今の態勢に気付く。
(膝枕されてる、、、ていうかっ!)
ミレイユの豊かな実りが顔に!ムギュっとなってるのに当人が気付いてないのか、遠慮なく押し付けられてる!
「ちょっ、ミレイユさん。落ち着いて」
肩を震わせる彼女を何とか押し退けて声を上げる。いや、窒息するかと思った。
「ああ、すみません。余りにも目を覚まされないので、ワタクシ、、、、」
「ああもう泣かないで。私は簡単に死なないから」
何故か今度は私が彼女を慰める事になった。いや、こんな状態の私を見れば仕方ないだろうけども。
それはそうと、ここはどこだろうと周りを見ると、どうやら馬車の中のようだ。しかもこれは、例の魔導馬車の中だ。どうりで体が軽いはずだ。図らずもこれの恩恵を受ける事になるなんて考えてすらいなかった。いや、今はそれどころじゃない。
見れば、向かいの席にはアインとアブリルも居る。アブリルは涙を浮かべてホッとした表情になっているし、アインは相変わらず読めない。ただ、その雰囲気からしてどちらも私を看病してくれてたようだ。
「私が来てからどれだけ経ったの?ここはどこ?」
「ここは東の町ですよ。貴女が馬車で運び込まれてから丸1日経っております」
私の疑問にアインが答える、けどその表情がどこか暗く見える。改めて彼に向き直ると、座ったままではあるけど深く頭を下げてきた。
「私から一つ謝罪を。まさか貴女様がこの様な怪我を負わされるとは、大変申し訳ございませんでした」
ああ、確かに彼から招待状を受け取りはしたけど、それで責任を、なんて言う程私も馬鹿ではない。
「気にしないで、私も甘く見てた。ああまでやられるなんて、油断も良い所よ、私の失敗。それに」
改めてミレイユに視線を戻す。本題は彼女の方なんだから。
「ミレイユさん」
「は、はい」
「レオーネもここに居るわね。彼を呼んで、貴方達に話がある」
私の顔を見た彼女が表情を強張らせる。私の惨状について聞かされる、それがどういう意味かを理解しての表情なのだろう。
意を決した彼女が顔を上げてアインに頷いてみせると、彼が静かに素早く馬車から降りていく。
彼らに、真実を告げないといけない時が来た。
主人公ボロボロですが、まぁすぐに復活します。