257 魂の行き先
皇帝が言い放った言葉に対し、私は即座に炎の魔法を放つ。
だけど、それはラウの創り出した障壁により掻き消される。
僅かに煙が舞い、すぐに消えてなくなるけど、既に私は次の行動に移っていた。
あの程度でどうにかなるなんて当然思ってはいない。
だから、魔法を放つと同時に身体強化を掛け、大きく飛び上がり、
「死ね!」
両手で構えた鎌を皇帝の首目掛けて振り抜く。
「陛下!」
ラウの声が響き、背後に気配が迫る中、僅かに目を細めた皇帝が右手を鎌の前に突き出す。
その手に刃が突き刺さり、だけど手応え無くすり抜け、皇帝の首元もすり抜ける。
「なっ!?」
「平伏せ」
マズい、と思った時には既に遅かった。
皇帝の言葉が聞こえた瞬間、体が私の意志に反して動き、地面へと落ちていく。
咄嗟に身構えて叩きつけられるのは避けたけど、それでも両手で体を支えてないとすぐにでも床に頭を付けてしまいそうになる。
「貴様の事なぞ全て我が主より聞き及んでいる、我が力に抗える事もな。故に、呪縛を打ち込んである」
「なにをっ、、、」
歯を食い縛って立ち上がろうとする私の頭に皇帝の手が触れ、無理矢理目線を合わせられる。
そして、
「果てろ」
声が聞こえた瞬間、息が詰まり、全身が熱を帯び、その熱が一点に集中していく。
「っく、ああああああああああああ!!!」
堪え切れなくなり、悲鳴にも似た声が漏れ、快楽が全身を駆け巡る。
「果てろ」
「ぐぅっ、ぎいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
そこへ更に皇帝の声が届く。
快楽を逃がそうと絶叫しながら、だけど私の意志など関係無く腰が跳ね上がり、飛沫を巻き散らして更に深く激しい絶頂が体を揺さぶる。
「陛下、それは私の!」
「貴様のやり方は生温い。早々に壊してあの御方の望みを叶えるのが我らの役目だ」
隣で誰かが話しているけど、私の耳には届かない。
治まらない快楽の奔流に嬌声は止まらず、頭も体も滅茶苦茶に蹂躙されていて、最早何も分からない。
そんな風に無様に悶える私の髪が無造作に掴まれ、そのまま引き摺られていく。
「っぐぅ、、、な、にを、、、」
「やはりまだ壊れぬか。よかろう、ならば最後に聞かせてやる。ラウ、貴様は仕上げの準備をしておけ」
皇帝の言葉に、すぐ傍に居たラウが息を呑み、足を止める。
「それは、つまり」
「全ては最早無意味。これの純潔を破り、楔を破壊する。必要なのは血肉と魂、他の不純物は楔と共に消し去れ。それこそが貴様の役割ぞ」
途端、緊張感に包まれていたラウの気配が変わる、、、明らかに喜びに満ちた、そしてそれ以上の何かを抱いた感情が放たれている。
だけど、それでもなお私は私を抑えるのに必死で構う暇がない。
当然、こうなる可能性は考えていた。
それでも、ここしばらくは何も無かったし、帝城でラウと対面した時も異変は起こらなかった。
だからと油断した訳では無いし、実際攻めに出る事も出来た。
それが、たった一言でこの様。
「は、なせっ!」
「哀れな人形よ。そも、貴様がエオローに来た事すら我が主の意のままだった事にも気付かぬであろう」
私を引き摺る皇帝が、一切の感情も感じさせないまま淡々と語る。
「主から時が来たと告げられた時は数百年ぶりに心が躍ったぞ。愚息共を孕ませた時すらああはならなんだ」
「なに、を、、、訳の、分からない、ことをっ」
「主の意に従い、この国を興し、種を巻き散らし、、、ああ、本当に長かった。死した肉塊が玉座に有り続ける悍ましさが貴様には分かるまい。いや、或いは貴様こそが真の理解者か。最早どちらでもよいがな。ようやく役目を終えられる、この腐りきった魂が神の下へと旅立てる時が来たのだ!フハハハハ!」
最早私の事など眼中に無いのか、一人語る皇帝の言葉に熱が帯びていき、ついには声高に嗤い始める。
対して言葉を交わしてはいないけど、ここまで人間らしいと感じたのは初めてだ、、、いや。
「まさか、、、お前も死人なの、、、」
返事の代わりに、投げ飛ばされる。
床を転がり、それでも何とか立ち上がろうとするけど、未だ収まらない快楽に足が震える。
そんな私の目の前に皇帝が来て、また髪を掴まれて無理矢理目線を合わせられる。
「そうだとも。全てはこの時の為、我は神の下へと行く事も許されず、ただ粛々と選別をしてきたのだ」
「せん、べつ、、、?」
「我が無為に民を殺したとでも?愚か者め、ラウより聞いたであろう。全ては神への供物なのだ。その為にこの国を欲に塗れた、穢れた国へと仕立てたのだ。穢れた魂こそ、我が主の再臨に必要なのだからな」
それはつまり、コイツはその為に神とやらに死んだまま生かされ、ヤーラーンを造り、さらにはこんなふざけた国へとしたというのか、、、神とやらを復活させる為に。
そして今、その供物とやらは回収された、、、だから、皆殺された、、、ヴァネス達も、国民も、、、
「お前は、、、狂ってるっ!」
私の叫びに、皇帝の両手が私の頭を鷲掴む。
そのまま頭を潰すのでは、と思える程の力が加えられて、声も出せずに藻掻く。
そして、そんな状況でもなおハッキリと通る皇帝の声が、私へと突き刺さる。
「いいや、狂っているのは貴様だ。最も穢れた魂を持つ者よ」