255 代行者
崩れ落ちるナイレン。
その背後には、いつの間にか部屋へと来ていたラウの姿。
だけど、扉は今も閉じられたままだし、そもそもラウの気配の気配すら今の今まで確かに無かった。
一瞬、転移魔導具での移動かとも考えたけど、それも魔力を感知出来なかったから有り得ない。
だとすると、思い当たるのは一つ。
力の抜けたナイレンを支えながらラウを睨み、
「この前の森での転移と同じね!ナイレンに何をしたの!?」
私の怒声に、ラウがナイレンに突き付けていたのであろう、右手をこちらへと向ける。
「時間が掛かっていると思えば、余計な事を話していると教えられましてね。全く、次は無いと言ったのですがねぇ」
一歩、前へと踏み出し、右手をナイレンの頭に宛がう。
何をするかは分からないけど、マズいと感じてその手を振り払おうと手を伸ばすけど、それよりも先に、
「っがあああああああああ!」
突然、叫びを上げながら背を逸らせたナイレン。
突き飛ばされる形で私は壁に叩きつけられ、急いで起き上がろうとした、それよりも早く再び壁に押し付けられる。
「ぐぁっ!っ、ナイレン、、、!?」
私を壁に押し付けているのは、気絶していた筈のナイレンだった。
いや、その顔は今も意識があるようには見えない。
体だけが勝手に動き、私を抑え付けている。
「これはっ、一体、、、」
「コレが余計な事を話したようですね。確かに、この女は私の母とも言える存在です。しかし、私がコレを母と呼んだ事など一度もありませんよ」
私を抑え付けるナイレン、その彼女を蔑んだ目で見ていたラウがもう一度右手をナイレンに触れさせる。
「ぁっ、、、」
小さく呻き声を漏らしたナイレンから力が抜け、私へと凭れ掛かる。
その体からは熱が感じられず、鼓動も感じ取れない、、、
「殺したの、、、自分の母親を!」
「いいえ、彼女もまた我が国の民達と同じく神の下へと旅立ったのです。私はその為に産み落とされた、神の代行者なのです」
両手を大きく広げ、陶酔しながら語るラウ。
当人は悦に入っているようだけど、私からすれば気が触れた異常者にしか見えない。
「神って一体何者?皇帝じゃないなら、一体誰がアンタの後ろに居るの?」
私の言葉に、ラウが顔をこちらに向ける。
だけど、その表情は本気で困惑しているようで、私も戸惑いを隠せない。
「本当に分からないのですか?先程宝玉を弾いたのも、貴女がアレと近しい存在だからなのでは?」
「そんな事知らないわよ。そもそも、あの宝石に私の力は通じない。だから力づくで破壊する手段を取ってるのよ」
「フム、、、それは確かに妙ですね。いえ、そもそも私の力も陛下の力も通用している、、、」
思う所があるのか、考え込むラウ。
その隙に、私はナイレンの状態を改めて確認するけど、、、やはり事切れている。
恐らく、最初に触れられた時点で彼女は死んでいた。
死体が動くなんて普通なら考えも及ばないけれど、残念ながら同じ様な状態の人をたくさん見てきている。
そして、今目の前でそれが起きた事で、あれがラウの仕業だともハッキリした。
だけど、、、目の前で見てもやはりあれが何なのかは分からなかった。
魔力を一切感じず、それ以外の何かを使った様子も無い。
「、、、本当に、神なんて存在が在るというの?」
思わず口にした言葉、だけど返事は来ない。
さっき見せたラウの様子からすれば、何かしら反応があってもいいはず。
顔を上げてみると、考え込んでいたラウが音も無く姿を消していた。
ナイレンの亡骸を床に寝かせ、部屋の中を観察する。
だけど、室内に変わった所は、ナイレンの攻撃で破壊された家具以外何も無い。
暫く室内を見て回り、最後に扉を確認する。
鍵は掛かっておらず、ゆっくりと開けて隣の部屋を覗いてみるけど、そこにも人影は無い。
そのままその部屋も調べてみると、お風呂に入る時に脱いだ服や魔導具がそのまま残されていた。
それを身に着けてようやく一息、と行きたいけど、ラウが何処に行ったのか、そしていつ戻るかも分からない以上気は抜けない。
だけど、このままここに居ても埒が明かないのも確かだし、どの道次に行くべき場所は決まっている。
最後にもう一度、ナイレンの側に戻る。
「全部終わらせてあげる。ラウも、皇帝も、必ず」
それは彼女に、そして私自身にも向けた決意。
そうして覚悟を決め、私は町を後にする。
唐突に現れ、未知の力を扱い、そしてまた音も無く消えたラウ。
その後ろには、同じく謎の力を手繰る皇帝。
どちらも聖痕を持っていて、だけどそれとは異なる力を持つ。
そして、信じたくは無いけれど、二人の更に先には謎の存在、、、神が居る。
果たしてそれが何者なのか。
本当に遥か昔に実在したとされる存在なのか、或いはラウや皇帝をも上回る力を持つ未知の敵なのか。
全てを解き明かし、終わらせる為にも、、、
遠くに霞む帝城を真っ直ぐに見据え、歩いていく。
エオローから始まった戦いは、最後の時を迎えている。
・・・その全てが、何の意味も無い事だと思い知る時が近付いているとも知らずに。