252 その名の下に
ラウが語る真実に自分の事なんて気にならなくなる。
双子の一人をただ間引くだけでなく、その存在をもう一人に取り込ませる。
言葉にすればそれだけだけど、それを実際に行うのも、それを考え付く思考もまるで理解出来ないし、そもそも一体どうやってそれを成したのか。
「おや、流石に聖痕の聖女様でも知り得ませんか。いえ、決して侮った訳ではございませんよ。残念ながら私も知らないのです。我が国秘中の秘、代々皇帝のみがそれを受け継いでいるのです」
そう語るラウ、その表情は笑みのままだけど、私を見つめる瞳には一切の感情が見えない。
それもそうだろう、双子として生まれたにも係わらず、それを知る事無く己と一つにされ、そして後にその事を知らされる、、、それがどれ程彼に影響を与えたのか、誰にも分かりはしないだろう。
だけど、今の彼がそれを嘆いているとは思えない。
何故なら、たった今、目の前でゼムとラウは入れ替わった。
思い込みだとか二重人格だとか、そういう類のものではない。
これまで私が接してきた二人は、間違いなく別人であり、違う存在だった。
普通ならそんな事は有り得ない。
だけど、彼には人と違う物がある、、、聖痕。
ラウの右足にあるのは初対面の時に見ているから知っていた。
だけど、ゼムの時には左足でそれは輝いていた
しかも、それだけでなく、目の前でそれが移動するなんて異常な光景も見せつけられた。
熱で浮つく頭で何とか思考を回す。
体の異常はゆっくりとだけど落ち着き始めているけど、いつまた昂り始めるか分からない。
それを防ぐ為にも、ラウの身に起きた事を推測する。
そして、色々と考えていくうちに一つの可能性に思い至る。
「一つ、教えて」
「おや、まだ理性を保っていますか。ええ、いいでしょう。直にまともな会話も出来なくなりますからね、最後の語らいとしましょう」
やはり、奴はここで私を完全に堕とすつもりでいる。
だからこそ、焦らず落ち着いて、機を窺わないと。
「アンタ達は一つにされたってのは分かった。その手段は、魔法的な儀式なの?」
「確証はありませんが、まぁ普通に考えればそうなるでしょう。それがどうしましたか?」
「アンタの秘密、、、さっき見せたラウとゼムの入れ替わり。アンタ達、一つの体に二つの魂を宿してるわね?」
ラウの返事は無い。
ただ、笑みを浮かべたまま私を見下ろし、続きを待っている。
つまり、私の推測は当たっている事になる、、、けれど、それで全てじゃない。
「アンタ、その事を誰にも言ってないでしょ、、、父である皇帝にも」
「、、、何故、そう思うのですか?」
静かな声で問い返す、そのラウの笑みが僅かに崩れる。
「何となくよ。でも、今になってみると、ラウとゼムに関する話を聞いてて違和感はあった。アンタは生まれて間もなく一つにされたって話した。そして、私が聞いた限りラウもゼムもそれぞれの話がエオローでもあった。だけど、、、二人が揃って姿を見せたなんて話だけは無かった」
そう、思い返してみると、ラウとゼム、それぞれの逸話はヴァネス達からも聞かされたけど、その二人が並び立っていたという話だけは一切無かった。
それだけじゃなく、ラウの口からゼムの事を語られた時もまた無い。
最初こそ、身内の恥として触れなかったのだと思っていたけど、、、
「それにもう一つ。アンタ、私と話をしている時にゼムの話を一切しなかったわね」
「、、、」
「最初は複雑な背景があるからと思ったけど、、、警戒したんでしょ?アンタの目の前で私がゼムの事を考えたら、二人の秘密がバレる可能性があるって」
ラウは事ある毎に私を聡明だの何だのと誉めそやしてきた。
多分、それは本心であると同時に私に対する牽制でもあったのかもしれない。
言葉にする事で、私の思考を逸らしていたのだろう。
事実、そう言われた時の私は話題を逸らそうと話を先に進めていたはず。
要は、見事に奴の術中に嵌まっていたのだ。
そして、そうまでして二人の事を考えさせなかったのには理由がある。
勿論、それがバレる事で私が双血の楔について思い至る事を防ぎたかったのもある。
だけど、それ以上に重要な点がある、、、それが皇帝だ。
私が帝城に連れて行かれた時、ラウは皇帝との謁見を先延ばしにした。
結局、その後すぐに呼び出されたけれど、もしかするとあれも同じなのかもしれない。
つまり、会いたくなかったのは私ではなく、彼の方だった、、、
そもそも、端から見てても彼の動きはおかしい。
普通、王族、それも皇太子ともなれば城で皇帝の補佐をして国の運営を学ぶもののはず。
なのに、彼は寧ろ率先して帝城、ひいては帝都からすら離れて行動している。
それこそ、エオローでの邂逅もそうだ。
彼の秘密を知った今、それらから導き出される結論は一つ。
黙って私を見下ろす彼が笑みを消す。
そして、諦める様に息を吐き出し、
「全く、だから貴女は厄介だ」
そう呟き、右手を私へと翳す。
その手に魔力が集まり始め、だけど途中でそれは私の知らない何かへと変化していく。
「それは、、、」
「仕方がありません。予定より早いですが、貴女を壊しましょう」
ラウの右手に集まる何かが淡い青色を放ち、少しづつ凝縮されていく。
その光はまさしく、これまで見てきたあの謎の宝石の光そのものだ。
それを私の胸元に押し当て、そして、、、
「受け取りなさい、、、これこそ、神の御業です」




