250 最後の覚悟
降り始めた雨は段々と強まり始めていた。
魔力は大分戻って来たけど、流石に全力でぶっ放した反動でイマイチ体が言う事を聞かない。
身体強化も何だか上手く掛けられないし、そのせいでいつもみたいに走って行く事も出来ない。
流石にこのまま雨中を進むのはマズいかもと考え、近くの無人の町に立ち寄る事にする。
まぁ、一番近くにあった町はついさっき吹き飛んでしまったから、もう少し先まで歩く必要はあるのだけど。
何処となく違和感の残るままの体を引き摺りながら歩き続けていく。
流石に少し疲れを感じ始めた頃になってようやく町が見え始め、思わず急ぎ足になる。
何とか雨が強まる前に町に辿り着き、そのまま適当な家に入ろうと辺りを見回し、、、
「誰か居る」
微かに人の気配を感じるけど、この町で既に動く人は居なくなっていたはず。
だけど、明らかに私以外に誰かが居る。
足音が鳴らない様にゆっくりと足を動かして、壁際に移動する。
何者かの気配も私に気付いたのか、ゆっくりとこちらに近付いてきているようだ。
奇しくも、相手も私が背にしている建物に背を預けたらしく、互いに角で相手の出方を窺う形になる。
動きが止まり、雨の音だけが静寂の町に響く。
息を吸い、吐き出すと同時に飛び出す。
右手に纏わせた魔力から炎を造り出し、潜んだままの相手に向けて放とうとして、
「おい待て待て!俺だ!」
その声が聞こえた瞬間、相手の顔を確認するとそこに居たのは、
「ゼム!?」
これまで行方の分からなかったゼムだった。
一先ず、すぐ近くの家に入り、濡れた体を乾かす。
幸い、家の設備は生きていたから、私はお風呂で体を温めている。
ゼムは暖炉に火を起こして、そっちで服やらを乾かしながら自分も温まっている。
「しかしまぁ、こんなとこで会えるとはな」
扉越しに声を掛けてきたゼム。
その声は何処となく気が抜けているようだった。
「それは私が言いたい事よ。散々探し回ったんだからね?」
「そいつは悪かった。だけど俺も俺で色々とあったんだ」
それから彼が語ったところによると、やはり最初に別れて予定の橋を渡ろうとした所で襲撃されたらしい。
で、メンバーが決死の足止めをしてる内にゼムと数人が何とか橋を渡る事が出来た。
だけど、対岸側にも待ち伏せが居て、ゼムを除く全員が殺されてしまった。
ゼムもまた大怪我を負い、それでも何とか逃げ切ったらしく、アチコチを転々としながら身を潜めていたそうだ。
私とは運悪く入れ違う形になったりしていたらしく、その話を聞いて互いに笑ってしまったけど、こうして何とか再会出来たのは大きい。
ゼムの話を聞いた後、私からも見聞きした事や分かった事を伝える。
「、、、そうか、結局ヴァネス達は駄目だったか」
「ええ、、、正直、フェイネルももう無事ではないでしょうね」
「悔しいがそう考えるしかねぇな。だが実際どうするよ。双血の楔も終わっちまったし、その上ラウの目的すら見えねぇ。無闇に城に乗り込んでも返り討ちだぞ?」
そう、ゼムの言う通りこっちは既にボロボロなのに、向こうの手の内が未だに見通せない。
加えて、私個人にも厄介なものがある、、、恐らく、無策に城へと向かえば瞬く間に私は駄目になるだろう。
かと言って、対策をしようとしたところでどうにもならないのも事実。
なら、取れる道は玉砕覚悟の短期決戦、要は突貫だけ、、、いや、、、
「、、、」
ふと、自分の体を見下ろす。
一つ屋根の下に男と女。
前に、ラウ対策を考えた時にふと魔が差した考え、、、私の純潔を捨てる。
いよいよ奴との決着が迫った今、私がまともに戦う為にはラウや皇帝の呪縛をどうにかするしかない。
ここに至るまでアレコレ考えはしたけど、結局有効な策は何一つ浮かばず、ここまで来ている。
だけど、幸いにもまだ最後の手が打てる状況ではある。
「、、、ゼム」
「あ?どした?」
「アンタさ、、、私、抱きたい?」
返事の代わりに何かが倒れる音がする。
多分、椅子にでも座っていたゼムが驚いて転げ落ちたのだろうけど、、、そんな驚く事、ではあるか。
「ばっ!お前何言ってんだ!?そんな状況じゃねぇだろ!」
「こんな状況だからよ」
湯船から上がり、ドアの側に立つ。
その向こうではゼムが何やら唸っているけど、構わず続ける。
「ゼム、私がラウに何をされたか知ってるでしょ。これをどうにかするにはラウと皇帝を斃すしかない。だけど、そもそもそれが出来ない。だけど、一つだけ手がある」
「、、、それがアンタを抱くって事か?、、、いや、そうか。あのくだらねぇしきたりか」
ようやく得心のいったゼムが呟く。
ドアを挟んだすぐ向こうにゼムの気配。
「、、、覚悟は決まった?」
「んなもん、決まるか」
「女を抱くのは初めてなの?」
「舐めんな、城を追い出されてからはそれなりに場数踏んでんだ。そう言うお前は、、、聞くまでもねぇか」
そう、過去も今も、私が他人に体を許すのはこれが初めてになる。
正直、緊張もしているし何だか体も熱い気がする。
それでも、今は全てを終わらせる為にも出来る事をしないといけないし、その為の覚悟も出来ている。
ドアの取っ手に手を掛け、迷わず開く。
そこで、私の意識は途切れた。