25 歪んだ真実
思わず足を止め、アルジェンナを見つめる。
そう、今ここで、彼女に突き付けなくてはいけない事がある。
「お前、これまで何人喰ってきた?100年以上の間、命を繋ぎ止める為に。その腐った妄執の為に」
「わ、私は、、、ただあの人ともう一度、、、」
「ブライムは死んだ、それが全てよ。お前のやってきた事は、そもそもから間違いなのよ。ブライムの子と結ばれて、それが何故ブライムと結ばれるなんてなるの。聖痕に呑まれたお前が欲したのは、愛する人ではなく聖痕よ。それにすら気付けなくなった時点で、お前はもう、死んだも同然だったのよ」
「違う、、、違う違う違う違う!」
「もう目を覚ましなさい。いえ、お前はもう眠らないと。苦しいんでしょ?おかしいと思ったのよ」
ミレイユの体、アルジェンナの体。こうして見て、やっと理解した。
「あなた、ミレイユを喰おうとして失敗したのね。恐らく3年前に。一時的に魂が交わり、そこでまた元に戻った。でも1つだけ誤算が起きた」
恐怖からか、あるいは今も体が、魂が崩れているのか、アルジェンナが震える。
「聖痕が、ミレイユに持っていかれたのでしょう。だけど、魂が喰われかけたせいであの子は死に掛け、聖痕が失われる事を恐れたお前は、あの子の心臓に魔導具を埋め込み無理矢理生き永らえさせた。またあの子を喰らい、聖痕を取り戻す為に」
すぐにそれをしなかったのは、ミレイユと聖痕が同調していないからだろう。こんな移譲の仕方は異常どころではない、聖痕はミレイユを持ち主として認めていない。そしてミレイユもまた、そもそも自身に聖痕があると認識すらしていない。
そんな状態でまたミレイユを喰らっても、いや、そもそも聖痕はもうアルジェンナには戻らないだろう。今の状態が、奇跡なのだから。
だけど、それでも2人は聖痕の力が使えている。
魂が溶けあい、混ざった事で聖痕を持つミレイユと、聖痕の所有者であるアルジェンナ、2人で1つとでも言うべき状態になった。
あの夜、ミレイユに触れられた私が急に心を開かれそうになったのは、間違いなくベオークの聖痕の力だ。だけど、彼女には聖痕の残滓はあっても聖痕そのものが見えなかった。
逆に今、アルジェンナは聖痕を持っていないのに、聖痕の力を揮うかのような芸当を見せた。2人が根幹で繋がり、聖痕を共有している状態だからこそ、こんな事態になっている。
私が気付かないのも当然だ、こんな事、分かる訳がない。100年以上も生き永らえ、願いを叶えようなんて、私には理解出来ない。
「レオーネは昔からミレイユは病弱だと言ってたけど、少しづつ魔力を喰らってたんでしょ。あの子が死なない程度に、自分を生かす為に」
本当なら、ミレイユの存在すら隠し通すつもりだったのかもしれない。そうでなければ、これまで居たはずの子供達が消えた事に、誰も気付かないはずが無い。ミレイユにとっては運良く、アルジェンナからすれば運悪く、レオーネに見初められ、家格としても十分な彼女は未来の王妃として選ばれた。
だけど、アルジェンナはいよいよ弱っている。聖痕が正しく機能していない上、本来なら3年前に得ていたはずの魔力を補えていない。
狂ったこの女は、もはや形振り構わないだろう。だからこそ、ミレイユを呼び出した。
そして多分、ランヴェルトは、、、
「これ以上は見苦しいだけよ。ミレイユは私が保護する。レオーネにも真実を告げるわ。王家にとっては耳の痛い話でしょうけど、知らないままでは済ませられない」
アルジェンナの策略がどんな物だったのかは分からない。けど、今のこの国がこの女によって歪められているの確かなのだろう。
そもそもがおかしいと思った。何故あの一言が予言何て形になっていたのか。
そして、偶然にもブライムに掛けられた呪いによりフェオール家には聖痕が戻らず、ベオーク家に至ってはそもそも聖痕を持つ者が今日まで生き延びていた。
幾つもの偶然が重なり、結果としてこの国は聖痕に振り回され続けてきた。100年もの間。
18年前がその100年の節目。何の意味があったかは分からないけど、フェオール家に聖痕は戻り、そしてまた、私も転生した。
ここの因果関係は分からない、けれど偶然ではない。聖痕同士は否応なく引き寄せ合う。
フェオールと私、この因果は余りに大きい。何せ、世界を巻き込んだのだから。
ならば、どちらが先かは問題ではない。18年前に因果が集い、再び状況が動き出した。
・・・100年前の決着を、付けろと言わんばかりに・・・
そうこうしている内に、ようやく体が調子を取り戻してきた。頭の傷ももう塞がった。こういう時は聖痕が便利で助かるけど。
「、、、させない」
ふと、足元で蹲るアルジェンナが零した。
「もう諦めなさい。策を弄してこの国を操っても、もう何も戻らない。これ以上恥を晒す前に、英雄として死になさい」
「黙れ!裏切者が!私がお前を魔女として残してやったのは情けだ!お前の名はもはや私しか知らない!私が死ねばもう2度とお前は聖女に戻れない!分かるでしょ!グレイス・ユールーン!」
やっぱり、こいつも勘違いをしている。
確かに、私のこの髪はあの子から貰った。さっきの話と同じ、私とあの子の魂は混ざっている、その影響だ。いつかの偽名もそう、あの子の名を借りた。
本当の名にしても、そもそも私の母は街の人には名乗っていないそうだ。私が生まれた時に、リターニア・グレイス、とそう呼び息絶えた。それこそただの偶然だ。母の家がグレイス家だっただけかもしれない。それももう確かめる術は無いし、必要も無い。
だからこそ、私があの子と同一にされるのは許し難い。
だけど、、、
「アルジェンナ、あなたがグレイスを恋敵として憎んだのはしょうがない。私から見てもあの2人はお似合いだった。でも、そこで留まるべきだった。あの子を魔王の下に1人で行くよう仕向けたのね。あの子の性格を知っていたから。確か幼馴染だったんでしょ。それこそ、お姉様と呼んで慕うくらいには」
「今度こそ!邪魔はさせない!ミレイユを喰って聖痕を取り戻し、フェオールと今度こそ!」
「もう何も聞こえてないのね。ならいいわ、そのまま朽ち果てなさい。この世界は、未来は、今を生きる者が切り拓き、掴む物よ。お前でも、私でもない。過去の呪縛は過去で終わらせるべきだった」
アルジェンナに、そして自分に語り掛ける。
壊れたように震えるアルジェンナを置いて、私はバルコニーへと足を向けた。手摺に足を掛け、
「お姉様」
「何」
振り返らずに応える。
「せっかく再会したんです。聖女になるチャンスをあげます」
ウフフ、と。暗い笑みを零しながらアルジェンナが壊れていく。
「私、100年の間にある事が出来るようになったんですよ。意のままに魔物を生み出す事が!」
まるで魔王のような事を言い出す。だけど、
「まさか、3年前のあれは、、、」
そう、かつて私が住んでいた町に魔物の群れが押し寄せた。偶然だと思ってたけど、あの時ミレイユが近くに居たと、レオーネが言っていた。
3年前、、、
「あの時は変に暴走して雑魚が寄り集まったけど今度は違うわ」
振り返ると、そこにはもう誰も居なかった。
「さぁ、お姉様、聖女様。もう一度、この国を救って見せてね」
声だけが夜の闇から響き、月明かりに溶けていった。
愛って、怖いですね(遠い目