24 徒花乱舞
警告!冒頭より激烈に激しい描写が御座います!
ご注意ください!
激痛に苛まれながら、何とか頭を回転させる。
(こ、いつは、、、何を、言って、るの、、、)
私をグレイスお姉様と呼び、今も歓喜に打ち震える黒い影。その姿に、一欠片も理性が感じられない。
言動は常軌を逸し、私を物の様に弄び、己の世界に飲み込まれている。
「お前、、、本当に、、、」
震える喉を何とか動かし、声を出す。瞬間、ギョロリ、と、喜びの涙を浮かべるその瞳がこちらを見下ろす。
「あぁ!やっぱり!私を憶えていてくれた!ええ、そうです!私です!アルジェンナですよ!」
子供の様に声を弾ませ、私の体を嬉しそうに撫で回す。
「ミレイユが触れてくれたお陰で、噂の聖女がお姉様だって確信出来たんです!だから、こうしてお呼びしたんですよ!」
うっとりと、恍惚に酔い痴れながらはしゃぎ、そして。
その右手が、腹部を貫いた。
「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
「アアアアアアアハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
私の絶叫とアルジェンナの狂笑が響き渡る。
内臓をグチャグチャに掻き回され、捩じ捏ねられ、口から大量の血が溢れ出る。
「痛いですか!?それとも気持ち良いのですか!?それともそれともぉ!」
内臓を掻き回す右手が引き抜かれ、
「ああああああ!お姉様の血!臓腑!美しい!これまで喰ってきたどの子よりも綺麗で素敵!」
内臓の欠片がこびり付いたその手を、嬉しそうに舐め上げる。血の一滴、肉の一欠片も残さぬように、何度も何度も舐め上げ、その度に体を震わせている。
涙と出血で霞む視界でそれを睨み、同時に、
(これまで、、、喰った、、!?)
今の言葉に、思考は落ち着きを取り戻す。まさか、と思っていた事が、現実だと思い知る。それだけではない。
つまり、この女は正真正銘、ブライム達と共に魔王を討ったあのアルジェンナ本人である、と。
一気に大量の血を失ったせいで意識が薄れていく。それを、
「ああ!まだ駄目ですよ!」
左手を翳し、そこから魔力が迸る。そして、
「いあああああああああああああああああ!!!!!」
内臓が暴れ、体が勝手に暴れ踊る。それだけでなく、全身の傷が、瞬く間に治っていく。
数秒間続いた不快感が収まると、全身の傷も、貫かれたお腹も、掻き回された内臓も、全て傷一つなく治っていた。
激痛を超える痛みに意識が飛びかけるけど、何とか気合で持ち堪える。どうやら失った血液までは戻っていないようで、全身が重く微かな震えが止まらない。それを慈愛に満ちた瞳で、うっとりと見下ろしながらアルジェンナが寄り添う。
「ああ!お姉様はどんな姿でも美しい!あの時もそうだった!魔王に魂を捧げて、一瞬で蒼白になったお姉様!その、忌々しい美しさ!」
何かを思い出す様に、目を細めて悦に浸る。
それが、一瞬で歪む。
「最後までお姉様は美しかった!故に、あの御方は!ブライム様は壊れてしまった!」
私の髪を雑草の様に握り、頭を引き上げる。
「お前のせいで!あの人は心を砕かれた!お前を愛し、お前に愛されたあの人は!」
ガツン、とテーブルに頭を叩きつけられる。その力は、あまりに弱弱しかった。それでも、何度も繰り返されるうちに血が流れ出るのを感じ、それに気付いたのか、ようやく髪を放す。荒くなった息を落ち着かせ、ぐったりとする私の顔を、憎しみの籠った目で睨み、叫んだ。
「私だって!愛していたのに!」
ダン、と。私の頭の側に両手を叩きつけ、目の前で、絶叫する。
「お前が死んで!やっと結ばれると思ったのに!全部私の計画通りだったのに!なんでお前は!いつもいつも私の邪魔をするの!」
バシン、と頬を叩かれる。
「壊れたあの人は!もう何も見えてなかった!世界も!国も!人々も!この私も!」
声と手が交互に繰り出され、私が抵抗すら出来ずに嬲られる。
「だから!ええ!私はあの人の世話をしたわ!そのお陰でこの国の頂点に立った!それでもあの人は還ってこなかった!」
手が止まり、ニヤリと笑みを浮かべてる。
「だからね、お姉様?」
私の耳元に口を寄せ、囁く。
「私、あの人と一つになったの」
恥じらう様に、誇る様に、告げた。
「私、あの御方の子を宿したの。その子に、フェオールの聖痕が宿る様に、ね?」
意味が、分からなかった。そもそも、ブライムが壊れたとはどういう意味なのか、それすらも霞掛かった頭では理解できない。ただ、目の前の女が狂っているのだけは身を以て理解した。
「周りの連中を洗脳してね、お飾りの王妃を娶らせて、そいつとの子として育てさせたの。ブライムが死んだら、その子が聖痕を引き継ぐ。そしたらね、ほら。私がその子と結ばれれば、それは私とブライムが結ばれたって事でしょう?」
いよいよ訳が分からなくなった。この女の言葉は矛盾ですらない。支離滅裂、目的と手段が入れ替わっている、何でもいい。
コイツは、間違いなく、
「お前、聖痕に呑まれたのね、、、」
息をするだけでも辛いけど、これだけは確認しないといけない。
アルジェンナ・ベオークは、いつかは分からないけれど聖痕に負けた。自我は辛うじて残ってはいるのかもしれない、でもそれ以外の何もかもが壊れた。その結果、精神は崩れ、思考は歪み、そして、聖痕を求め始めた。
ブライムへの思い故なのか、聖痕の力そのものを欲したのか、もはや当人も分からないだろう。
だけど、それは叶わなかった。何故なら、
「ブライムが死んでも、聖痕は受け継がれなかった?」
震える唇を、ムリヤリ笑みに歪める。
「おまえっ!?」
「はっ、当然でしょ。あのバカは最後に胸を貫いた。魔王の聖痕をね。そんなの、呪われるに決まってるでしょ」
「待て、それはどういう事だ!」
私の言葉に反応したのは、まさかのランヴェルトだった。何とか顔をそちらに向けると、目を見開いたおっさんがこちらに近付いてきた。
「もう一度聞く、今のはどういう意味だ!」
焦りを滲ませるその声に、私ははっきりと言い放つ。
「何、アンタ教えてないの?それとも忘れた?魔王は人間、それも聖痕を持つ存在だって」
私の静かな声が、凛と響く。
アルジェンナも、ランヴェルトも、凍り付いたようにその場で固まる。
「ああ、そうよね。それが知られたらこの国の前提が崩れるものね。聖痕を持つ者がこの国を導く、ですっけ?なら、魔王もその資格があった。それを討ったブライムは己を脅かす存在を魔王と称して葬った、なんて言われ兼ねないものね?」
「どういう事ですか、アルジェンナ様!」
アルジェンナがビクリと肩を震わせてランヴェルトを見つめる。一瞬だけ、怯えるように身を竦ませる。だけど、
「ああもう、うるさい」
その一言と共に、ランヴェルトが壁に叩きつけられる。そのままガクリと蹲る彼には目もくれず、私に微笑む。
「お姉様、あまり余計な事を言わないで下さい。私がこの国を思うがままにする為にどれだけ苦労したと思ってるんですか。あの下らない予言を作り、私の日記すらも利用して。そもそも、フェオールが聖痕を宿さないせいで、私は、、、あの人に会えない、、、」
さっきまでの姿が嘘の様に、アルジェンナが小さな存在になっていく。いや、目の錯覚かと思ったら、本当に少し縮んでいる!
私を押さえつける何かも少し弱まり、身じろぎ程度は出来るようになった。
「あああああああ!ランヴェルト!起きなさい!」
突然怒鳴り散らし、ランヴェルトが弾かれる様に顔を上げる。
「アレを!ミレイユをここに連れてきなさい!今すぐに!聖痕を取り戻す!」
「、、、アレは今、東の町におります。早くても3日、いえ、伝令を走らせるので5日程掛かるかと」
「だったら今すぐ行かせなさい!私が命じてるのよ!」
怒りに任せて魔力を解き放ち、壁や天井、床を破壊する。逃げ出す様にランヴェルトが走り出し、私とアルジェンナだけになる。
(今のは、、、まさか、、、)
今のやり取りで、また幾つか確信出来た事がある。
僅かだけど体も動ける、今なら行ける。
「アルジェンナ」
優しく、声を掛ける。
「えっ、お姉様?」
驚いた様に動きを止め、ポツリと呟く。その彼女に、
「邪魔」
見えない拘束を引き千切り、頭突きをお見舞いする。
「ぎゃああああああっ!」
突然の反撃に身構える事すら出来ずに吹き飛び、テーブルの下へと転げ落ちる。彼女の被っていた帽子が宙を舞い、バルコニーの外へと落ちていく。私はそれを追う様に駆け出し、そして、見た。
月明かりに照らされたアルジェンナ・ベオークの顔。それは、醜く歪み、崩れた、おぞましい素顔だった。
もう少しマイルドにしようと思ったんですがねぇ、彼女のイカレ具合を分かりやすく示す為に致し方なく、、、