239 消えたのは記憶か否か
近くの町で宿を取り、一晩。
あれだけ長く、色々と起きたのがたった一日の間というのが驚きではあるけど、身も心も、ついでに頭も疲れ果てていたらしく、自分でも驚くほど深い眠りに就いていたらしい。
お風呂で体を温めた後すぐに寝たのだけど、起きたら既に昼頃だったのは我が事ながら呆れてしまった。
まぁ、そのお陰もあって体調は問題無し。
外は相変わらずの雨だけど、今なら寧ろ心地良く感じられそうだ。
朝食兼昼食を済ませ、町を後にする。
濡れてもいいようにローブを羽織り、雨の街道を少し駆け足で進む。
結局、隣の島に渡るのは南の町にあった橋を使う事にした。
北側では待ち伏せに会い、大立ち回りを演じる羽目になったから、対岸でも伏兵が居る可能性を考慮した上の判断だ。
本音としては、そこを通過したはずのゼムや生き残りの無事を確認したかったけど、東の島にあるという本拠地に行けば分かる事だ。
ついでに、中央は当然ながらまだ復旧していないし、帝国兵も多く居るから目立つ動きは避けたい。
なら、わざわざ南まで戻らずに途中の人気の無い場所を横断すればいいのでは、とも思ったのだけれど、、、何と言うか、妙な胸騒ぎがするのだ。
ここまで、何度となく不可思議な現象に見舞われ、少し警戒感が増しているのだろうか。
ともかく、その胸騒ぎの正体を確かめる術として、南の町の様子を見に行こうと考えたのだ。
そうして、何事も無く橋へと辿り着く。
そう、橋に着いたのだ。
最初に聞いた話、そして、実際に見た物と違う光景。
、、、町が無い。
この橋は町を抜けた先、対岸の町とを結ぶ位置にあり、地図上で見れば一つの町を川で分断されている様にも受け取れる造りになっている。
要は、町を通り抜けないと行けない位置にある。
そして、実際この町に来た際にそれを確認している。
ほんの昨日の事だ、忘れる訳が無い。
いや、それ以前に小さくとも町は町だ。
にも係わらず、今目の前に広がるのはただの野原。
建物どころか、煉瓦の敷かれた道すら消え失せているのどういう事なのか。
それも、どちらかというと今この状況の方が正しい形にさえ思える程に自然な状態。
地面を調べてみてもなんら不自然な所は無いし、聖痕を使ってみても違和感が感じられない。
橋の袂に立ち、対岸を見てみる。
雨に霞んではいるけど、反対側には町が見える。
ここで考えていてもどうにもならないし、向こうで話を聞いた方が早いかもしれない。
そう考えて足を踏み出そうとし、
「、、、」
その前に、もう一カ所だけ確認をしたい場所を思い出す。
橋から少し離れた地点。
小高い丘の上に来た私は地面を見つめる。
そこは、一人の亡骸を埋葬した場所。
そして、、、
「幻覚じゃ無い、、、貴女は確かにここに居た」
土を掘り返した先に、私が弔った女の死体が確かにあった。
これはつまり、昨日の出来事は現実であり、少なくとも町は存在していたという証拠。
いや、まだそう決めつけるには早いかもしれない。
或いは、昨日の光景こそが幻覚だった可能性もある。
町も、そこに居た人々も、全て幻。
ただ、異物として私達が迷い込み、あの騒動が起きたと思い込まされていた。
、、、もしもこの考えが正しいとしたら、一番最悪な予想が立ってしまう。
双血の楔は、既に敵の手に堕ちている。
町の住人達はともかくとして、私達は密かに動いていた。
だけど、彼等もまた既に記憶が弄られていた。
そして、私が埋葬した彼女を除き、彼等の死体もまた町ごと消えている。
もしも町自体が幻覚だとして、それが解けた結果町の住人も消えたのだとしたら、少なくとも双血の楔のメンバーの死体は転がっているはず。
けれど、実際には彼等も共に消えていて、ここに埋めた死体だけが残されている。
これはつまり、私が気紛れで起こした行動によって、彼女だけは町と共に消え去る事無く残った可能性がある。
種は分からずとも、これでようやく糸口は掴めた。
もう一度土を被せ、亡骸を埋める。
まさか、こんな切っ掛けになるなんて考えてもいなかったけど、結果的には良い事だったようだ。
彼女の死を無駄にしない為にも、私は私のやるべき事をする。
また強まり出した雨の中を駆け抜け、橋を渡る。
対岸の町で話を聞いた結果、やはり西側の町は大分前に人が居なくなり、取り潰されたらしい。
今ではわざわざ橋を渡る人も居らず、近々取り壊しの決断が下される事になっている、とも。
一通り話を聞き終え、町を後にする。
今はとにかく、東の島に向かい、ゼム達に会わないといけない。
私の予想がどちらなのか、それ次第では相当ややこしい事になるし、ヴァネス達の安否も現状ではまだ安心出来ない。
雨の中に浮かび上がる帝都、その中央に聳える帝城を睨みながら駆ける。
帝都から少し離れた辺りは森が広がり、姿を隠しながら移動するのは容易い環境だった。
だけど、その森の中。
明らかに人工的に切り拓かれた場所に。
「お待ちしていましたよ。貴女なら必ずここを通るだろうと思っていました」
唯一人、ラウが待ち構えていた。