237 この世ならざるモノ
その悍ましい物体を前に、私は込み上げる何かを抑える様に胸を抑えて息を整えていた。
死体からそれを引き剥がそうと手を伸ばし触れようとした瞬間、突然胸が苦しくなり、半ば無意識に手を引き戻していた。
だけど、視線だけは惹き付けられる様に外す事が出来ず、蠢くそれを凝視している。
さっきから、この装置をそれと呼んでいるのは、少なくともこれは魔導具などでは無いからだ。
人の体を用いたかの様な魔導具なんて見た事も聞いた事も無いし、存在していたなんて話も聞いていない。
何よりも、これは聖痕どころか、魔力すらも通さない。
あの爆発を受けたのに全くの無傷に見えるのは、これが特異な存在だからとしか言いようがない。
意を決して触れようとした時のあの感覚もまた、今までに無いものだった。
そして、こうして間近で見て分かった事としてはもう一つ。
この装置こそが、辺りを包む結界や幻惑を生み出している元凶だという事だ。
聖痕を使うまでも無く、膨大な魔力がこれから放たれ、辺りを包んでいる。
そこだけを見れば、確かに魔導具と同じ事をしているけれど、どう考えてもその仕組みは別物だ。
目の聖痕を使えばすぐにでも分かるだろうけど、内なる何かがそれを止めてくる。
私自身、これを聖痕で見るべきでは無いと感じている。
同時に、しっかりと見ておかないといけない様な気もしていて、戸惑いが渦巻いている。
「、、、どうするべきか」
言葉に出して、己の覚悟を問う。
そして、、、
一度目を閉じて大きく息を吸い、右目の聖痕に魔力を流し込む。
そして、ゆっくりと開き、それを見る。
「、、、これは、、、まさか、、、」
身構えていたお陰で、体に異常は出ていない。
だけど、頭の方は大きな衝撃で真っ白になり掛けている。
それこそ、心を強く保っていないと気を失ってしまいそうな現実が、私の目には映っている。
そう、これは比喩でも皮肉でも無く、正真正銘に人間だった。
外側も、内側も、余す事無く、そして一切の不純物の無い、人間そのものだ。
何をどうすればこんな事になるのか。
元々あった筈の、人として在るべき物が無理矢理この小ささに押し込められ、それでも尚死ぬ事無くこうして脈打っているのだ。
唯一、その中央に見た事の無い宝石の様な物が埋め込まれていて、対象的なまでに美しい青い光を湛えている。
恐らく、それがこんな形に成り果てた人を生かしているのだろうけど、、、
「何これ、、、何も見えない?」
ただの宝石、では無いのだろう。
どれだけ魔力を込めても、聖痕の力が通らない。
いや、寧ろ聖痕を通すとその実体すら霞む。
脳裏に自身の体の事が浮かぶけど、、、これは違う。
何故かは分からないけれど、この宝石らしき物は超常の物だと理解出来てしまう。
そして、そう納得出来た途端、誘われるかの様に手が動き、その宝石に触れ、、、
気が付くと、辺りは真っ暗だった。
夜、、、では無い。
そんなものとは本質的に別物の闇。
だけど、何故か懐かしくもあり、例えようの無い不快感もある。
声を出そうとして、だけど体は言う事を聞かず、勝手に歩き出す。
訳が分からないまま成り行きに任せていると、やがて先に薄らと光が見えてくる。
更に近付いていくと、その光は赤い何かに絡め取られていた。
まるで、魔物の巣に磔にされた憐れな生き物のようなその光に、私の口元が自然と笑みになる。
その時、光が動く。
まるでこちらを見つめる様なその動きに、一気に不快感が溢れ出てくる。
何かを訴える様に震える光を、遠慮無く殴る。
それでも震え続ける光を、ひたすら殴る、殴る、殴る、殴る、、、
やがて、光は動かなくなり、だけどまだ光は失わない。
それが無性に腹立たしく、同時に愛おしくなり、、、壊してしまいたくなる。
ゆっくりと右手が伸ばされ、光に触れようとして、、、
宝石から手を離す。
何かあった気がするけど、私にも宝石にも変化は無い。
「、、、気のせい、かな」
何度か自分の右手を動かしてその様子を見つめるけど、問題無い。
妙な感じは残るけど、特に何も無いなら今は気にするべきでは無い。
それよりも、
「こいつをどうするか、よね」
目の前の意味不明な物体をどうするか。
人、と呼んで良いかは分からないけれど、とりあえずこのままにはしておけない。
とは言え、魔法を弾いてしまうとなると、内部に干渉しての破壊は出来ない。
右手に黒炎の鎌を取り出し、振り下ろす。
刃先が宝石に突き立ち、そのまま貫く。
余りの手応えの無さに拍子抜けしつつ、鎌を抜き取る。
砕けた宝石はそのまま魔力と化して消滅。
本体は消滅こそしないけど、蠢きは止まり、ずっと感じていた不快感も消えていた。
そして、何処かから何かが割れる音が響き、瞬間、空が暗くなり、雨が降り注ぐ。
すっかり乾いていた服が瞬く間にずぶ濡れになるけど、私は足元を見つめたまま動けずにいた。
あの謎の装置が、気味の悪い音を立てながら膨らんでいき、やがて人の形になっていく。
そして変化が終わった時、私はその姿に言葉を失った。
何故なら、それは女性で、血の気の失せた顔は、何処かリアメノに似ていたのだから。