230 曇天に覆われ
一先ず、ヴァネス達はこのまま双血の楔で匿ってもらう事になった。
ラウの動きが読めない状況で、彼等をエオローに送り返してしまえばまたすぐに囚われてしまうのは明白だ。
今は各々に与えられた部屋で休んでいる、、、体よりも、精神的な意味合いで。
双血の楔のメンバー達は、次の行動に備えて交代で休んだり荷物を運んだりと忙しそうだ。
それを横目に、私とゼムはこの後の予定を話し合っていた。
「ここに気付かれるのも時間の問題だ。俺達は本拠地がある東側に渡ろうと思うんだが」
「そうだ、それで思い出した。ここはヤーラーンのどの辺りなの?」
帝都を脱した事は理解しているけど、その後の動きは色々あったせいで確認出来ないままだったのだ。
ここに着いた後も、すぐにヴァネス達の救出に動いたから、一度整理をしておきたい。
「そういや、ずっとバタついてたからな」
ゼムが頷いて、側に置いていた袋から紙を取り出す。
それは丸められていた地図で、それをテーブルの上に拡げ、指差しながら解説を始める。
前にも触れたけど、ヤーラーン帝国は横に連なる三つの島から成る国だ。
ただ、島と言っても、エオローよりは遥かに大きい。
その分、街道の整備はされているし、人の住む町もそれなりの数が点在している。
島同士も橋で繋がれているから、陸路で一繋ぎに横断する事も出来る。
地図を見ながら、そんな事を思い出しつつゼムの話を聞く。
「俺達が居るのは西側の東端だ。中央から大橋を渡って少しした辺りになるな」
地図に置いた指を動かし、帝都からこの町があるという辺りを示す。
それが、私を助け出した後に取った進路だろう。
「で、だ。島と島を繋ぐ橋はこれだけじゃない。地図に載っていない小さな物もあれば、誰が造ったのか分からない、無許可の橋もあったりする」
ニヤリと笑み浮かべる彼の顔を見て、成程と頷く。
「じゃあ、その誰かさんが繋げてくれた道で中央を抜けて東に行くのね?」
「そうだ。ただ、既に見つかっている可能性もあるから、ある程度分散して移動する」
次々と地図を指差し、その複数の道とやらを暗に示す。
今の所の計画では、どうやら三方向に別れるつもりらしい。
一つは私も通った一番大きな橋。
街道になっているから危険ではあるけど、その分人も多いから紛れ込むにはうってつけだろう。
次が大橋から南側、そこにある小さな橋を使う道で、これは対岸にある町と町を繋ぐためにその地を治める代官達の指示で作られた物だそうだ。
その二つの町の住人が使うだけの橋だから、地図には乗っておらず、人通りも少ない。
けれど、夜闇に紛れて渡ってしまえばほぼ見つかる事は無いだろう。
そして、最後が島の北側。
ここは崖になっていて、近くに町もなく、人も寄り付かない。
そこに、ひっそりと橋が架けられているそうで、余程天気が荒れて風が強まっていない限り、最も安全に島を往来できる。
但し、そこに至るまでに一つ町を抜ける必要がある。
普段であれば、少し遠回りをして人目を避けるのだけど、今回はそうはいかない事情がある。
地図を手で抑えながら、空を見上げる。
大きな雨雲は過ぎ去ったけど、また新たな雨雲が迫っている。
今はまだ少し風が吹いている程度だけど、そう遠くない内に天気は荒れるだろう。
そうなれば、北側の橋は風に煽られて通れなくなる。
それなりに頑丈な造りにはしたそうだけど、所詮は素人仕事。
万が一を考えると、無理を通せない。
従って、
「明日にもここを引き払うつもりだ。昼前にはそれぞれに別れて、大橋は夕方、南は日が沈むのを待つ」
「北は?」
「手前の町で空模様を確認、問題なければそこでも一度数人づつに別れて、橋で落ち合う。ダメそうなら、、、囮になる」
囮、、、つまり、敢えて騒ぎを起こして注意を引きつける役目、という事か。
恐らく、他の二カ所も何かしらが起きたら同じようにする手筈になっているのだろう。
例え僅かでも、確実に仲間を送り届ける、その覚悟を彼等は持っている。
そして、この男も。
「貴方は?」
「当然北だ。島主達は大橋で連れて行く。一応馬車を使うし、ある程度変装させるからな」
やはり、そうだろうと思った。
なら、残すは私だけど、、、正直、そこまで付いて行く理由が無い。
既に島主は助け出せているし、彼等がこの後どうするかも、実際興味は無い。
助けてもらった恩はあるけど、それはあの要塞での働きで十分返せたはず。
それに何より、まだ一つだけ謎がある。
それを知る、いえ、持っている者が、目の前に居るのだから。
「それで、貴方は何がしたいの?ゼム・レヴ・オ・ヤーラーン」
私の唐突な問いに、彼の動きが止まる。
前に、私は双血の楔の行動を革命と言ったけど、今度の質問は彼個人に対するものだ。
その真意を探る様に、私の顔を見つめたまま思案に耽っているようだ。
いや、どちらかというと、言葉を選んでいる?
一陣の風が駆け抜け、手で抑える地図が大きくはためく。
それが収まった頃、彼が口を開いた。
「、、、この国を壊す。即ち、皇帝を討ち、皇太子も討つ。この国を糺すには、もうそれしかないからな」
覚悟を決めた瞳が、私を見つめ、空へと向けられる。
その視線の先には、悍ましい闇が蠢く帝城が聳えている。