215 本性
敵地のど真ん中で油断をするなど当然有り得ない。
なら、事実としてこの私が身動き出来ない状態に追いやられているのは何故か。
王子の動きには注意していたし、彼の体には触れてすらいない。
出された紅茶も飲んでいない、メイド達にも触れていない、部屋の中に何か仕掛けられてる気配も無い。
目の前で優雅に微笑むラウを睨み、ソファから立ち上がろうとするけど、やはり体は言う事を聞かない、、、そこで、見落としに気付く。
それが表情に出ているのだろう、私の顔を見ていた奴が拍手をしながら頷く。
「なんと!その様子ですと、お気付きになられたのですね!素晴らしい!ああ、本当に素晴らしい!貴女こそ我が妻に相応しい!想像するだけで心が震えますよ、、、貴女が私に屈服する姿をね!」
突然立ち上がり、テーブルを踏み越えて私の顔を両手で掴む。
無理矢理目線を合わせられ、彼の瞳に宿る狂気の炎がさらに強くなる。
「そうです!貴女が座っているその椅子こそ、貴女の為に設えた魔導具なのです!聡明かつ警戒心の高い貴女だ、あらゆる物に気を配っていたでしょう。ですが、私の方が一枚上手でしたね!まさか椅子に細工を施すとは思いもしませんでしたでしょう!」
「っ!?」
声を上げる事すら出来ず、ラウの暴挙に顔を顰める。
顔を掴んでいた手が離れ、直後に左手で髪を掴み上げられ、右手は無遠慮に私の胸を鷲掴みにしてきたのだ。
顔は真っ直ぐに私を見たまま、右手だけが掴んだ胸を揉み回す。
「体も申し分無い。貴女には我が子を孕んでもらわねばなりませんからね、誰にでも股を開く様な淫乱女など有り得ません。あのリアメノとか言う小娘も、私の為にとどれだけの男に体を許した事か、、、穢らわしい!」
「っ、ど、ういう、、、」
「何と、その状態で言葉を発するとは!フフフ、いいでしょう、お教えしますとも。あんな小娘がそう簡単に島主を引き継げる訳ありません。ヤーラーンの裏組織と密通させ、邪魔な奴らを排除させたのです。無論、相応の報酬が必要でしたが、私の為だと言ったらアレは喜んで体を差し出しましたよ!それからタガが外れたのか、己を道具に何でもしてくれました。お陰で問題無く島主を手駒にし、エオローの内情を知る事が出来ました」
ようやく胸を揉みしだく手が離れ、その代わりに顎を掴まれ、ラウの唇が私のそれに重ねられる。
硬直して開かない唇を何度も舐め回し、ようやく離れるけど、唇は奴の唾液でベトベトになっていて最悪だ。
それに、奴の手から解放されたとはいえ、未だ体は動かない。
さっきから椅子に魔力をぶつけて魔導具としての機能を壊そうとしてるのだけど、それも対策されているのか、放った端から全て何かに吸収されている。
「こ、の、、、」
「おお、未だ抵抗しますか。では、その椅子についてもご説明致しましょう!」
一人優雅に舞い踊りながら背後に回り込み、私を抱き締めて耳元で囁き始める。
「貴女が複数の聖痕を持つ事は分かっていました。ナイレンを使い、更にはヤーラーンの特使だなどと茶番を演じ、リアメノまで使って貴女の全てを解き明かそうとしたのですが、流石にそう容易くは無かった様です。ですが、ウルギスのお陰でそれも解決しました。ある意味、それも貴女のお陰ですよ」
ウルギス?何故あの帝国の名前がコイツの口から出てくる?
そもそも、あの国は私が潰した。
皇帝も、あのイかれた女も既に居ない以上、脅威は無いはずなのに。
「フフ、言ったはずですよ?私は貴女をずっと前から知っていた、と」
、、、まさか、ウルギスにまでコイツの手の者が送り込まれていた?
目だけを動かして、私を覗き込むラウを睨む。
「我が目我が耳我が手足、それはあらゆる所に潜んでいます。そして、貴女を知ったその日から、その全ては貴女にだけ向けられた」
ラウが私にしなだれかかり、その手が体中を優しく撫でてくる。
その手つきはまるで愛撫の様で、女を弄ぶ事に慣れているのか、気持ち悪さよりも別の感覚が嫌でも湧き上がってくる。
動かない体が自然と熱くなり、荒くなりそうな呼吸を何とか抑える。
そして、その様子を楽しげに見つめるラウ。
「彼の帝国は完膚無きまでに貴女が破壊しました。ですが、お陰で生き残り達は復興に大いに勤しんでいる、、、帝国の研究所を調べるのはさほど苦労はしなかったですよ」
それはつまり、あの女の研究も掘り出された、という事になる。
「特に、貴女に執着していた者が居た様ですね。流石の私も驚きました、貴女に五つも聖痕があるだなんて!しかも、貴女は帝国で少なくとももう一つ聖痕を得ている!いえ、多分もう一つ、即ち、今の貴女には七つの聖痕があるはずです!それは後ほど暴けば良い事ですが、その為には何よりもまず、貴女を我が手元に置かねばならない。彼の帝国で得られたのは貴女の事だけじゃない、多くの魔導具の技術もまた、我が手に納まった!」
一番最悪の状況だ。
既に居ない奴に何を言っても無意味だけど、それ以上に自身の迂闊さに腹が立つ。
ゼイオスはまだマシだったと今更ながら思い知る。
ラウの手はいよいよ遠慮無く私を発情させに掛かっている。
この椅子、いえ、私を捕らえる為だけの魔導具に聖痕も魔力も抑え込まれ、私は無防備にされる。
しかも、いつの間にか部屋の中は何かの香が焚かれている、、、恐らくは媚薬の類いだ。
魔力による護りが失われた今、全てはラウの思うがまま。
、、、そして、奴の手が、私の服に掛けられる。