214 罠
街道を駆け抜け、西の町へと到着する。
聞いた話では閑静な宿場町だそうだけど、今はまるで活気が感じられない。
代わりに、そこかしこにヤーラーンの兵士が巡回していて、明らかに要人が居ると伝わってくる。
ここまで来ればもう何を取り繕う必要も無い、堂々と道の真ん中を歩いて、警備が厳重になっている海岸の方へと進む。
当然、途中で兵士に絡まれはするけど全て蹴散らす。
そして、そう時間も掛かる事無く、一軒の宿の前に到着する。
既に連絡が来ているのか、多くの兵士達が待ち構えているけど問題ない。
彼等が一斉に剣を抜き、私も一歩足を踏み出したその時。
「君達は下がれ。束になった所で彼女には敵いやしないさ」
宿の門が開き、中から一人の男が出てくる。
その背後には、相変わらず殺意剥き出しの女も控えているけど、今はまだ手を出すつもりは無いようだ。
「想像以上に早く来ましたね、本当に素晴らしい」
相変わらず底の見えない笑みを浮かべながら、手を叩いて賛辞を贈るラウ・ベル・オ・ヤーラーン第一王子。
愉快そうな彼と、相変わらず不愛想なナイレン、既に懐かしさすら感じる組み合わせの出迎えに、私は最大限の警戒をする。
特にナイレン、今のアイツからはあの夜の時以上の何かを感じる。
「ナイレン、その殺気を抑えろ。お前の仕事は他にあるんだ、ここで潰されては困る」
「私は何者にも負けません、、、例え聖痕の聖女だろうが」
随分な言い草だけど、それを嘘と感じさせない凄みを持っているから私も困っている所だ。
そんな私達の様子に肩を竦めたラウ王子が、突然ナイレンの頬を殴り飛ばす。
「お前は本当に愚図だな。また躾ける必要があるかい?」
その言葉に、頬を抑えて蹲る彼女が震えだす。
その様子を一瞥した後、
「失礼しました、コレには後で言って聞かせますので。さ、私達は中でお茶でもしましょう」
返事も待たずに宿へと歩いていく彼の背を追い、私も宿へと進んでいく。
途中、蹲ったままのナイレンの傍を通り過ぎたけど、彼女は震えたままだった。
ラウ王子が泊まっている宿はやはりと言うか、この辺りでも最高級の場所のようで、内装も調度品も一流。
ズラリと並ぶメイド達の列を横目に、先程の暴挙などまるで感じさせないで歩く彼の少し後ろを、私は付いていく。
「さぁ、こちらへ。エオロー随一の宿と言うだけあって、最高の景色ですよ」
合図するまでも無く、控えていたメイドが扉を開ける。
その先、真正面に広々としたリビングがあり、さらにその奥には海を一望出来る広いテラス。
エオローの最西端だけあって、まだ陽射しも降り注いでいて、それを反射する波が眩しい程だ。
まぁ、残念ながらそれを楽しむ状況では無い。
王子は既にソファに腰を掛けて私を待っている。
相変わらず何を考えているか分からない笑みを浮かべ、私にも座るよう向かいのソファを手で示す。
促されるままそこに座ると、音も無く現れたメイドがカップを用意し、お茶を注いでいく。
ほんのり紅いそのお茶から立ち昇る湯気越しに、王子と目が合う。
メイドは既に部屋から居なくなり、扉も閉められている。
そのまま無言で見つめ合っているとまるで何かの物語のように思えるけれど、残念ながらそんな色恋の影などこの場には無い。
そんな沈黙を破ったのは、
「フフ。さて、ここに来たという事は全て分かっておられるのでしょう?」
優雅な所作で紅茶を一口飲んだ王子が笑みを崩さないまま問い掛けてくる。
私は紅茶に手を付けず、答える。
「全てでは無いわ。そもそも、分からせない様にしてたのは貴方でしょうに」
「貴女なら必ず辿り着くと信じていたからですよ。ですから、今日この時、この場所に私は居る。そして、貴女もだ」
ダンスにでも誘う様に手を差し出し、私を熱の籠った瞳で見つめてくる彼に、私は腕を組んで応える。
それを愉快そうに見つめた後、手を下ろしてまた紅茶を一口。
「ああ、本当に貴女は素晴らしい。あの乳臭い小娘なんかとは比較にすらならない」
「リアメノと繋がってるのね?あの子は何処?」
「彼女ならヤーラーンへ向けて発ちました。表向きは、私の妻として迎え入れる為に、ですがね」
待て、今この男はなんて言った?
リアメノを妻にする?
私の予想の遥か彼方の言葉に、思わず言葉に詰まる。
そして、その隙をこの男は見逃さなかった。
「驚きましたか?彼女とは昨年出会いました。勿論偶然、などではありませんよ。彼女のご両親がエオローの島主で、反乱組織である双血の楔に与してるのも、全て調査済みでした。なので、彼女を利用しました」
何でも無い事の様に語る王子の口が笑みに歪む。
その笑みは、さっきナイレンを殴り飛ばした時に見せたのと同じ、醜悪な笑みだ。
「女を従わせる方法など一つですからね。何か勘違いをした様ですが、まぁお陰で良い手駒が出来ました」
「、、、じゃあ、あの子の両親は、、、」
聞いた直後、失敗を悟る。
王子の笑みが、より狂気を孕んで私に向けら、そして。
「生きていますとも、ええ、、、あれを生きていると言えるなら、ですが」
直後、突然私の体が身動ぎ一つ出来なくなったのだった。