213 突破
目の前に帝国の兵士達が立っている。
その手前には、封鎖を知らなかった観光客らしき数人の人影もあり、何やら揉めている様子だ。
「あれは?」
「多分だが、西の町で宿でも取ってたんじゃないか?足止めくらって文句でも言ってるってとこだろうな」
似た様な事でもあったのか、やけに具体的な推測が出てきたけど、まぁ今はそれどころじゃない。
観光客はここから見た限りまだ落ち着いてはいるけど、苛立ちは隠せていない。
そしてそれよりも怪しいのが、彼らを止めている兵士の方だ。
数は三人、その内の一人は隊長格の様で少し離れた位置から彼らの事を見ている。
そして、残りの二人が観光客を相手にしているのだけど、さっきからその一人が腰に下げている剣に手を掛けているのだ。
もう一人がそれを抑えてはいるけど、ソイツも表情に怒りが見えている。
このままいくと、間違いなく死人が出る。
キネレイも気付いているのか、様子を見つつもいつ飛び出すかを見計らっている。
少し平静さを失い掛けている彼の服を摘み、馬車の中に引っ張る。
「おい、何するんだ!?」
「落ち着きなさい、この状況は好機よ。奴らが剣を抜いたらアンタの権限が生かせるわ」
「、、、観光客が斬られたらどうする」
「それは私が止める。安心しなさい、こんな事何度も潜り抜けてるのよ」
私の言葉に、彼は少しだけ目を閉じ、いよいよ剣呑な雰囲気になり始めた彼らを見つめる。
そして、覚悟を決める様に頷くと、
「分かった。なら、アンタは騒ぎの隙にここを抜けてくれ。俺は彼らを保護して町に逃げる」
余計なお荷物が増える事になるけど、島主らしい判断だ。
そうと決まれば後は動くだけ。
今まさに、目の前で兵士が剣を抜き放ったのだ。
観光客達からすれば突然の行動に見えたのだろう、一様に怯え、腰を抜かしてへたり込んでいる彼等を飛び越え、振り下ろされた剣を魔力を纏わせた左手で受け止める。
「なっ、何者だ!?」
「はいはい、お決まりの台詞をどうも!」
皮肉を返しながらそのまま剣を握り潰し、右手で兵士の腹を殴り飛ばす。
呆気に取られているもう一人の兵士にも蹴りをお見舞いして、その隙に。
「お前達、早くこっちに来い!」
キネレイの声に我に返った観光客達が大慌てで馬車に乗り込んでいく。
「貴様ら、どういうつもりだ!」
そこに、隊長格の男が剣を抜きながら怒声を上げて駆けてくる。
その前に立ちはだかり、睨みを利かせる。
「俺の島で、島主である俺の目の前で一般人相手に軍人が手を出したんだ!何か文句があるか!?」
「なっ、島主だと!?では貴様も通達があった対象者か!」
キネレイの言葉に、何故かより殺気を滲ませた男が私を押し退けようとしてくる。
その手を掴み、
「はいはい、アンタの相手は私よ」
軽く捻り上げ、地面に捻じ伏せる。
「行きなさい!後は私がやる!」
「済まねぇ!気を付けてくれ!」
私の言葉に迷わず頷き、馬車を反転させて離脱するキネレイを見送り、足元で藻掻く男の髪を掴んで顔を上げさせる。
「ぐっ、貴様、どういうつもりだ!」
喚き散らす男の顔を一度地面に叩きつけ、余計な事を喋らない様にと無言で示す。
「聞かれた事だけ答えなさい。この封鎖は誰の指示?」
「だ、誰が答えるかっゴハッ」
もう一度地面に顔を叩きつけ、今度は目一杯髪を引いて顔を高くする。
「次は鼻を潰すわ。誰の指示?」
「で、殿下だっ!ラウ殿下だ!この先の町に居られる!」
正直、その可能性は考えてはいたけれど、まるで影すら見せなかったのは流石だ。
となると、次に気になる事は。
「少し前にここを通った女が居たはず。彼女の事は?」
「知らん!だが、殿下から通す様にとお達しが出てた!」
ラウとリアメノが繋がっている、、、それは確定したけれど、ではいつ、どうして、、、
「まぁいいわ。最後、アンタさっき、キネレイの事を対象者って言ってたわね、どういう意味?」
顔の痛みに苦悶の表情だった男が、その質問を聞いた途端、口の端を歪めた。
「ハッ!エオローの島主達は全員反逆罪で手配された!島主の一人を殺し、それを帝国によるものだと流布した罪でな!どう足掻こうが、全員死罪だっ!」
まるで勝ち誇る様に叫んだ男が激しく暴れて私を押し退けようとしてくる。
それを意に介す事無く押さえ付け、私は今の言葉の真意を考えていた。
(どういうつもり?これがあの王子の指示だとして、一体何が目的なの?)
いよいよ口汚く罵り始めた男の顔を地面に叩きつけ、気絶させる。
殺しても良かったけど、後が面倒になるだろうから今は我慢。
それよりも、一刻も早くリアメノに追いつき、ついでに王子からも話を聞かないといけない。
念の為、気絶している兵士達を一纏めにして木に縛り付ける。
一度だけキネレイが走り去った方に目を向け、その無事を祈っておく。
前へと向き直り、足に強化を施し、街道を一気に走る。
こうなっては、力の出し惜しみはしてられない。
今は一刻も早く町に行き、全ての真相を明らかにするしかない。
それが残された島主達の為に出来る、私の役目だ。