209 急転直下
フェイネルの館に戻り、まずは眠ったままのフェイネルを休ませる。
側には心配そうに様子を伺うキネレイと、別の部屋で休んでいたリアメノも来ている。
「なぁ、フェイネルは大丈夫なのか?」
フェイネルの頭や体に手を翳し、魔力を少しづつ送り込む。
こうする事で体の中にある異常を調べる事が出来るのだけど、かなり繊細な魔力調整が必要だからあまりお勧めは出来ない。
人前でやるのも極力避けたいけど、キネレイがさっきから喧しいので仕方なくやっている所だ。
「特に異常は無いわね。ただ、かなり強めの薬を飲まされてるようね。少し取り除いときましょう」
ゆっくりと魔力の量を増やしながらフェイネルの体の内側から薬の成分を除去していく。
その様子を見つめる二人が目を丸くしてるけど、私は私で気になる事があった。
(こんな強力な睡眠薬を、あんな雑魚共が手に入れられる?ヤーラーンの貴族から渡された可能性もあるけど、これだけの効果がある薬、安くは無いはず。誘拐を手引きした奴が用意した?)
フェイネルが狙われた理由もだけど、こんな薬を用意してまで彼女を私諸共拐おうとしたのがまるで分からない。
一通り治療を終えて、今はフェイネルのかかりつけの医者が容態を見ているから、私達は食堂で休憩している。
薬は取り除けたから、もうそろそろ目を覚ますはず。
向かいに座るキネレイは相変わらず気が気でないようだけど、私の隣に座るリアメノは相変わらずだ。
そこに、
「失礼します、フェイネル様が目を覚まされました!」
私に薬を盛ったあの使用人の女が笑みを浮かべなら駆け込んできた。
「本当か!?」
真っ先に反応したキネレイが椅子を蹴り倒しながら部屋を飛び出し、リアメノがその後に続いて出ていく。
使用人も後に続こうしていたけど、その肩を掴んで扉に押し付ける。
「ひっ!?あ、、、あの、、、」
「落ち着いて、聞きたい事があるの」
何かされると思ったのか、怯える使用人に優しく言い、頷くのを確認する。
「私に盛った薬、あれ、睡眠薬?」
「は、はい。流石に毒を入れる訳にいかなかったので、眠ってもらおうと、、、あの、申し訳ありませんでした」
フェイネルが無事だったからか、ようやく冷静さを取り戻しのだろう。
まぁ、別に大事にするつもりは無いからそれはいいけど、一つ確認しないといけない。
「それはいいわ。それより、あの薬は何処で手に入れたの?」
「あ、あれは、、、」
その質問をした途端、彼女が視線を彷徨わせ始める。
答えたく無い、というよりは答えられないと言った方が正しいだろうか。
もしかすると、あの誘拐犯共に手を貸した奴と同じ人物の可能性もあるかもしれない。
ただ、それがどういう経緯で彼女の手に渡ったのかを考えるとまたややこしい気もする。
「そう、ならいいわ」
肩を抑える手を離し、フェイネルの元に行こうとしたその時だった。
館の外が急に騒がしくなり、次いで誰かが館の中を駆けてくる。
使用人が何事かと音のする方に歩き出したその時、廊下の曲がり角から大きな人影が飛び出してきた。
「きゃっ!?」
突然現れた影に使用人が頭を抱えて蹲り、その上を飛び越えてその影が私に向かってくる。
そこでようやく、
「ヴァネス!?何でここに!?」
それがここに来るはずのない人物、ヴァネスだと気付いた。
そのヴァネスが私へと駆け寄り、肩をガシッと掴んでくる。
血相を変えて息も絶え絶えな彼が、大粒の汗を浮かべながら私を見つめ、
「嬢ちゃん、ドランドが殺された!」
余りにも唐突に、衝撃的な事を告げた。
一先ず、ヴァネスを食堂で休ませて、その間に使用人にフェイネル達を呼んでもらった。
キネレイに支えられながらやって来たフェイネルは、少し疲れた顔を見せてはいたけどそれでもしっかりとした足取りだった。
「リターニアさん、今回は本当にありがとうございます。どうお礼をすればいいか、、、」
「気にしないで。ある意味、私が巻き込んだようなものだし。寧ろ、私が謝らないと」
フェイネルの手を取って様子を確認してみるけど、もう大丈夫そうだ。
頭を下げようとした私の肩をそっと掴んで止めてくれたり、余計な気を使わせてしまったかもしれない。
「それで、何があったの?」
全員が椅子に座り、ヴァネスを見る。
浴びる様に水を飲んでいた彼が深く溜め息を吐き、
「ああ、、、嬢ちゃんと入れ違いでドランドんとこの使用人が駆け込んできたんだ。数日前、ドランドが何者かに殺されたって。壁の調査に出てたらしいが、一緒に行ってた連れも含めて全員森の野営地で、、、」
報せを受けたヴァネスは大急ぎでドランドの遺体を確認しに行き、取って返して私の元へと来たそうだ。
余りにも突然の事態に、病み上がりのフェイネルは勿論、キネレイもリアメノも顔を青くしている。
ただ、申し訳無いけど私はそうしてられない。
「ドランドは何かを掴んだの?だから消された?」
「分からん。荷物は全部焼かれてたみてぇだし、何ならその騒ぎに乗じてか、奴の館に賊が入ったらしい」
つまり、全て計画的に行われたのだろう。
痛いほどの静寂が満ちる中、
「、、、どうして」
ほんの微かに、そんな呟きが聞こえた。