203 双血の楔
男はローブを着たまま私と向かい合う。
相変わらず顔は見えないけれど、余裕が感じられるのは貴族故か、或いは別の何かか。
「さてと、何から話したもんかねぇ」
「なら私から聞くわ」
「ああ、その方が良さそうだ。まぁ、答えられねぇ事もあるからそれは勘弁してくれ」
微塵も申し訳なさを感じさせない態度で足も腕も組む男に、寧ろ私は親近感すら感じる。
正体はともかく、コイツの言動には悪意が無い。
それに何より、聖痕についての知識を持っている。
私に関する事も調べているようだし、今回の騒動に関しては明らかに多くを知っていそうだ。
「まず、アンタ達は何者?」
「おいおい、いきなり過ぎんだろ。俺達は敵対する意思はねぇけどな、アンタがそうとは限らねえだろ?」
正にその通り、事と次第によってはここで彼らには消えてもらうつもりだ。
ただ、直感的にそうはならないとも思っては居る、、、それを伝える気は無いけどね。
なので、返答は無言、ただジッと男を見つめる。
「おいおい本気かよ、、、ったく、なら名前だけ。俺達は双血の楔って名乗ってる。ま、厳密に言えば俺は部外者なんだが、まぁそこは気にしなくていい」
双血、つまりは双子って事だろう。
そこに楔なんて付いているとなれば、まさに中央島で私を襲った連中の発言とも一致する。
「私を襲った理由は?」
「それは申し訳ねえ、こちらの手違いだ。本当はアンタと話し合う為だったんだが、血の気を多いガキ共が早とちりしやがってな。奴らはこっちで躾け直したからそれで勘弁してくれ」
「、、、まぁ今はそう言う事にしておくわ。なら次、私が拐われるのを知っていたの?」
今度の質問に、男はすぐに答えない。
少しだけ頭を下に向け、何かを考えているようだ。
ややあって、顔を上げる。
フード越しに、男の目が私を真っ直ぐに見つめているのを感じて、ここからが本腰だと理解する。
「知っていたか否かで言えば、知っていた。ただ、いつ、どこでかまでは掴めなかった。運良くと言うか、俺がここに居る時にアンタが来たから、先に保護出来ねぇかと思って準備してたんだ。したら、このザマだ。情けねぇが、地下組織なんてやれる事はたかが知れてる」
「ここに居たのは私を助ける為って事?」
「ああ。表立って動けねえ以上、目は常に付けてる。当然な?」
なるほど、私が時々感じていた視線は彼らの手の者だったのか。
だから、私が自力で逃げ出した事も把握していた、と言う事か。
「なら、何でここに留まっていたの?私が逃げた事も分かってたんでしょ?」
男の気配が変わる。
隠し切れない好奇心とでも言うのだろうか、それを滲ませながら、少しだけ前のめりになりながら答えてきた。
「そりゃ勿論、アンタに興味が沸いたからさ。一応な、アンタを拐った連中はヤーラーンの馬鹿貴族の私兵だ。本人はともかく、奴らは本物だ。それを狸寝入りで誤魔化した挙句、当然の様にぶっ殺して逃げたんだ、これが面白くない訳がない」
それは光栄な事だけど、それよりも気になるのは。
「、、、アンタ、ヤーラーンの事情に詳しいのね」
私の切り込みに、男がゆっくりと体を起こす。
自分の失言に気付いたのか、右手で顔の辺りを抑えて小言で何かを呟いている。
やがて、諦めた様に項垂れると、
「、、、ああ、本当に面白いな」
途端、これまでとはまた違う雰囲気を纏い、男が話し始める。
「そもそも、アンタは自分がどういう状況に置かれてるか分かって無い」
「どういう意味?」
「あのな、普通の連中はともかく、貴族や権力者共は聖痕の聖女を欲しがってる。それこそ、喉から手が出る程な。フェオールがあれだけ大々的に騒いでたんだ、間諜の類いが居ない訳ないだろ?」
それは確かにそうだろう。
事実、私自身もそういう視線を何度も感じてきた。
ただ、それがヤーラーンにまで及んでいるのは流石に予想外だ。
「それにその見た目だ。これも当然だが、アンタの姿は魔導具で記録されて出回ってる。聖痕持ちで見た目も上等とくればあとはどうなるか、分かるだろ?おまけに今はヤーラーンの特使扱い、下卑た連中が手ぐすね引いて待ってるぜ。特にヤーラーンではな」
まぁ、やっぱりそんな所だろう。
一度フェオール王は殴っておくべきだろうけど、今はそれよりも彼から話を聞いておくべきだ。
彼はまだ核心を話していない。
敢えてそこを避けて話しているのは、恐らく、、、
「よく分かったわ。それで、その事を知ってる貴方は何者なの?」
視線に魔力を込めて威圧する。
ここまで余裕を見せていた男がビクリと体の動きを止め、息を殺す様にこちらを窺っているのが分かる。
「、、、それは言えない。ただ、このままじゃアンタはヤーラーンとエオローのいざこざに巻き込まれる、それもど真ん中でな」
そのまま静寂が場を包む。
少なくとも彼の言葉に嘘は感じられないけど、当然全てを鵜呑みにする理由も無い。
少しだけ思案して、立ち上がる。
そのまま踵を返して部屋を出ようとして、
「おい、何処に行く」
「町に戻るわ。そろそろ騒ぎになってそうだし」
扉を開き、外で待つ男達が騒つく中、背後から男の立ち上がる衣擦れの音が聞こえた。
「なら安心しろ、そっちは手を打ってある。それよりもだ、いずれもう一度話したい」
男の言葉に振り返らずに手を振って応え、立ち竦む男達を無視して坑道を後にした。