202 姿を現す者
山を下りて分かったのだけど、大きな山の麓に小さな山というか、小高い丘のようになった地形があった。
そして、その丘に地下へと続く坑道のような道があったのだ。
方角的には町の方へと延びているから、恐らくは私を拐った連中もここを抜けてきたのだろう。
山の途中から見た感じだと、坑道を使わずに町を目指すなら二つの道がある。
一つは丘を越える道。
但し、こちらだとその先にある森も突っ切る形になるからかなりの消耗を強いられるだろう。
もう一つは丘を迂回する道。
こちらだと森も回避できるけど、恐らく丸一日以上は遅くなるだろう。
この坑道がどういう道になっているかは分からないけど、かなりの近道となっているはずだ。
ただ、この道にも気に点がある。
「、、、明らかに人の気配がするわね」
こんな辺鄙な場所だ、どう考えても観光客ではなかろうし、地元の人もこんな時間にこんな場所にはこないだろう。
しかも、つい先程のあの出来事だ、これで暢気に挨拶を交わして通りすがるなんて事にはならないだろう。
身体強化を施し、いつでも黒炎を呼び出せるようにしておく。
ついでに左目の聖痕にも魔力を通して、中の様子を窺う。
相手が何者かまだ分からないから程々に、悟られない程度に留めて中へと足を踏み入れた。
中は薄暗いけど、所々に照明魔導具がぶら下がっているお陰で歩く分には十分な明るさがあった。
ただし、灯りがあるという事は当然、それを必要とする何者かが居る訳で。
息を殺し、足音も立てない様に歩いていく。
吹き抜ける風が獣の唸り声の様に響く中、時折人の声らしきものも聞こえる。
今の所坑道は一本道だから、このまま進めば鉢合わせる事になるだろう。
中に居る奴らは左眼の聖痕で把握しているから奇襲を受ける心配は無い。
流石に二度も不意を突かれるなんて醜態を晒すつもりは無い。
少しづつ、だけど確実にその距離が縮まっていく。
かなり奥まで進み、感覚としては丁度坑道の中間辺りまで来た所だろうか。
そこで初めて分かれ道が出てくる。
一つは真っ直ぐに伸びているけど、もう片方は左手方向、かなり見辛いし少し狭い道になっている。
それこそ、逆方向から来たら気付けない様な形状になっていて、更に言うと、この道は明らかに後から掘られた道だ。
露出している壁の風化具合が違うし、掘り方も何と言うか、敢えて雑にやったように見える。
そして何よりも、その先に人の気配がある。
話し声もハッキリとそちらから聞こえてくるから、恐らく奥に小部屋か何かがあるのかも知れない。
こんな所に潜む以上、普通の連中でないのは確かだ。
その正体を確認して、必要なら殲滅する。
更に気配を隠し、ゆっくりと小道へと進んでいく。
そして、その奥に据え付けられた扉が姿を現す。
少しだけ開いている隙間から話し声が漏れ聞こえる。
そのまま盗み聞きしてもいいけど、時間が勿体ない。
扉を蹴り開いて、同時に黒炎から剣を取り出し、一番近くに居た呆気に取られている男の首に突き付ける。
「いきなり失礼するわ。少しお話がしたのだけど」
穏やかに、だけど否を許さない口調で他の面々の声を掛ける。
即座に反応して立ち上がった男達だけど、私が既に剣を向けているのに気付いてか、ゆっくりと座り直す。
そいつらの顔を眺めて、何処かで会っているかを確かめてみるけど、少なくとも私の記憶には無い。
唯一人、一番奥に居る者だけが全身をローブのような物で隠していて、顔も目深に被ったフードで隠れている。
(アイツは出来るわね、、、)
そのローブの人物は私は現れても微動だにせず、今も何処か余裕を感じさせる。
私がそいつに目を向け、無言で顔を見せる様に圧を掛ける。
だけど、そいつはまるで意に介さずに椅子の背凭れに体を預け、私の方に顔を向けた。
「はっ、噂通りのお転婆だ。ここまで嗅ぎ付けるとは、それも聖痕の力ってやつか?」
「、、、アンタ、何者?」
「待て待て、俺達は敵じゃねぇ」
「顔も見せない奴にそう言われても信じられる?」
私の言葉にローブの人物、声からすれば男だろうけど、そいつが大仰に肩を竦めて見せる。
「そいつはごもっとも。だが、色々と事情があるんだ。ただ、俺達がここに居るのはアンタを助ける為だ。まぁ、結局自分で解決しちまったんだから余計なお世話だったがな」
そう言ってローブの男が立ち上がり、私へと近付く。
周りの連中がざわつくけど、それを気にする素振りも見せず、私と向かい合う。
その姿に敵意は無いと判断した私も剣を下げ、真っすぐ向き直る。
「おう、ありがとよ」
「で、アンタらは何者なの?」
「詳しくは言えねぇ。ただ、中央島で仲間が世話になったって言えば分かるだろ?」
成程、例の組織か。
だとすると、
「つまり、アンタが親玉ね?」
「おいおい、そこまで分かっちまうか!なら、正体を明かせないのも理解して欲しいな」
今回の件まで含めて考えれば自ずと答えは出る。
コイツもまた、ヤーラーンの貴族なのだろう。
言葉遣いも身の熟しも少し、いや、かなり掛け離れてはいるけれど。
ともあれ、コイツの話は聞いておくべきだろう。
ローブの男もそのつもりなのか、他の連中を身振りで部屋から出て行かせると椅子を二つ、向かい合わせに置いて私に座る様に促してきた。