200 交差点
エオローの朝は朝日と共に始まる。
昨日見えた雲はまだ遠くにあって、ただ南から吹いてくる風は少し湿気を帯びていて涼しく感じる。
とまあ、これだけならいつもの朝と同じなのだけれど。
「なんでこれまでで一番疲れてるのよ、、、」
寝起きなのに既に疲労困憊な私の第一声がこれだ。
昨日、リアメノの案内で島主の館へと来たのだけど、そこで待ち受けていたのは歓迎会とは名ばかりのお祭り騒ぎ。
彼女の性格なのか、使用人やら料理人、果ては何処から来たのか島民まで押し寄せての、何だかよく分からない状況が繰り広げられたのだ。
しかも、彼らは疲れ知らずなのか一晩中それが続いて、眠りに就いたのはほんの数時間前だ。
本音としてもっと寝ていたいのだけど、一番はしゃいでいたはずのリアメノに叩き起こされ、彼女お付きの侍女達によって身なりを整えられ、こうして既に疲れ果てているのであった。
「えー!あれくらいで疲れるなんて!私なんて寝てないんだよ!」
「えぇ、、、これが若さってやつなの」
「もー、リタちゃんも私と同い年でしょ!」
確かに肉体的にそうだけど、精神的には残念ながら倍以上なのだ。
というか、リタちゃんって、、、まぁそれはもう、どうでもいいや。
「それよりも、こんな朝早くから何処に行くのよ」
「朝ご飯は朝市!エオローのもヤーラーンのもたくさんあるから食べ歩きだよ!」
なるほど、確かにそれは楽しそうだ。
これまでは島主にもてなされてのそこそこ豪勢な食事だったけど、やはり庶民的な物の方が私としても落ち着く。
それに、彼女には悪いけどそういう所には人が集まるし、そうなれば必然的に情報も集まる。
つまり、私の目的にも合致するのだ。
まぁ、あれだけ騒がれてるから私が要人だというのは周知されてしまっただろうけど、だからこそこの機を活用させてもらう。
隣で笑うリアメノに心の中で詫びつつ、やるべき事を心に留めた。
町の中心から少し離れた道で馬車から降りる。
そこは無数の露天が立ち並び、あちこちから良い匂いが煙と共に辺りを包んでいる。
その露天の数も一目見たぐらいでは分からない程たくさんで、それに負けじとでも言わんばかりに多くの人が既に訪れている。
「すごい活気ね」
「今日は週末でしょ、毎週末は特にお店も人も多いんだ!日程調整頑張ったんだからね!」
胸を張るリアメノがそのまま店の説明を始まる。
澱みなく話す様は無理矢理覚えたという感じはなく、本当に全てを理解しているようだった。
その姿は、やはり幼さはあれど立派に島主を務めていた。
それを証明するように、行く先々で店主や買い物客、果ては朝から元気な子供達とも親しげに会話をしている。
「これは愛されるわねぇ」
そんな事を思わず呟いてしまうくらいには人々との距離が近い。
そして、同時にそれはある事を私に思い出させた。
(ヤーラーンの皇帝もこんな風に交流しているのかしら。噂通りなら、ではあるけど)
彼の国の皇帝も市井に度々現れると言われている。
最初は特に気にしていなかったけど、こうして改めて考えてみると、今の私と同じ事をしていたのだろうか。
あちこちから聞こえる声に耳を澄ませてみると、エオローの事だけでなく、ヤーラーンの事、更には他の国の話までも交わされている。
それとなく会話している人達を観察してみると、明らかにエオロー以外の国の人が見受けられる。
特に目立つのが、つい最近もお目に掛かったオセリエとエオールの人だろうか。
彼らはそれぞれ自国の衣装を身に纏っているから特に分かりやすい。
それと、僅かではあるけど見慣れない服装の人が居るのにも気が付いた。
見た感じだと何かしらの制服のようでもあるけど、上着を脱いでいるからかそこまでお堅い印象は受けない。
「ねぇリアメノ。あの人達は警備が何か?」
横で串焼きを頬張る彼女に聞いてみる。
「ふぇ?あー、あの人達はヤーラーンの軍人さんだよ。ここは色んな人がたくさん来るからね、島の警備だけだと対処出来ない事もあるから、こっちに詰所を作ってお手伝いしてくれているんだ!」
彼女の説明を聞いて、もう一度彼らの姿を見てみる。
確かに、服の上からでも分かる位には鍛えられた体付きをしているし、姿勢も悪くない。
何よりも、気を抜いている様に見えて時々鋭い視線をあちこちに走らせている。
(練度は高いわね、、、)
特に気になる事はない、、、のだけど、何かが引っ掛かる。
彼らも店で買ったのだろう、パンを手に持っているけど、口を付けた様子は無い。
何よりも、見た感じその軍人は二人組の様だけど、そのどちりも左手を腰に下げた剣に添えている。
軍人なのだし、何かが起きた際にすぐに対応出来る様にするのは当然だけど、あれではまるで、、、
「女を見つけた。捕縛する」
そんな声がすると同時に何者かに右腕を掴まれ、人混みから引き摺り出される。
「ちょっ、むぐっ!?」
声を上げようした瞬間、口に布が押し当てられる。
(っ、眠らせる気!?)
何かしらの薬物の臭いを感じ、即座に魔力を流して顔に薄い膜を張る。
同時に体から力を抜き、眠ったフリをする。
暫くして人混みから離れたのだろうか、喧騒が遠くになり、その辺りで頭に袋を被せられ、更には手足が縛られる。
そのまま担がれ、何かに乗せられて私は何処かへと運ばれていった。