20 花と語らう
大変遺憾ながら、和やかに馬車の旅は進み、気が付くと王都と港町の中継地点にある小さな町へと
一行は辿り着いていた。
朝日が顔を出してすぐ頃から移動を開始したお陰で、今はまだ正午を少し過ぎた頃合いだろう。天気も良く、馬達の機嫌も良いのか、かなりの速さで街道を抜ける事が出来たらしい。
どうやらここで休憩を取るらしく、馬車の外が少しだけ慌ただしくなっているのが聞こえる。
「では、我々はお食事を受け取って参りますので、少々お待ち下さい」
私の隣に居た執事さんが丁寧に告げて馬車を降りると、反対に座ってたメイドさんも一礼して後に続く。
「じゃ、私も適当に何か食べてくるわ」
これ幸いと、今の内に馬車から逃げ出そうと流れに乗って腰を上げると、そっと、左手に何かが触れた。嫌な予感がするけど、気にしない。顔を見たら負けるのは間違いない。鋼の意志でその手を振りほどこうとするが、
「あの、、、ご一緒では、ダメですか、、、?」
消え入りそうな、か弱い声が私の耳を攻め立てる。振り向くな、見たら負けるぞ!
ついっ、と左手が優しく引かれて、横目でちらりと視線を向けると、
(あああああ、見てしまったぁぁぁぁぁ、、、)
またしてもうるうるとした瞳に吸い込まれる。もはや意図的にやってるんじゃないかこのお嬢さんは。
「分かった分かった!いちいち泣かないでよもう!ご一緒しますとも!ええ!」
観念して座り直す。見れば肝心のミレイユ嬢はもう既にニコニコだし、横のレオーネもニヤついている。その顔殴ってやろうかしら。
「アンタ達、ホントに覚えてなさいよ。後できっちりやり返すからね、私」
元々、気にしては無かったけど、事ここに至り私はいよいよ取り繕うのをやめる。腕を組んで足も組んでふんぞり返る。ついでに髪と瞳の色も元に戻す。今更隠してもしょうがない、ここに居るうちは好きにやらせてもらおうと開き直ってやる。
「わぁ!髪の色が変わりました!それに、瞳の色もですか?凄いです!」
その変化に、まるで手品を見た子供の様にはしゃぐお嬢様。そして初めて間近で見たレオーネも目を丸くして驚いていた。
「目の前で見ると確かに凄いな。それは普通の魔法ではないだろう?聖痕の力なのかい?」
「そうよ、魔力を消費し続けるから解いたの。短時間ならまだしも、1日中は結構しんどいのよ」
今はもう気にしなくていいけど、と心の中で呟いておく。
驚きと感心に包まれる2人に、少しだけいい気分になってしまったのも併せて内緒にしておきたい。
何て事を考えていると、食事を取りに行っていた執事さんとメイドさんが戻ってくる。きっちりと私の分まであるのはさすがだった。
渡されたのは薄めにスライスして軽く焼き色を付けた2枚のパンの間に、お肉や野菜を挟んだ軽食だった。どうやらこの町で売られている物ではなく、持ち運んでいた食材で作られたようで、随分丁寧にお皿に盛り付けられていた。この手の食べ物は庶民が食べ歩くのに生み出されたと思うのだけど、貴族でも食べるのね、なんて暢気な事を思い浮かべてしまった。
「では、頂くとしようか」
「はい、頂きます」
「ありがたく頂くわ」
レオーネの声にミレイユ、そして私が続く。
出来立てでまだ温かい食事を手に持って遠慮なく齧り付く。作り立て、しかも貴族が食べるような高級食材を使っているであろう物を食べるなんて久しぶりだ。王宮でアレコレしていた時もそうだが、やはり高い素材は旨いものだ。
それとなく向かいの2人を見ると、お互いに見合いながら仲睦まじく食べていた。ミレイユに至っては小さな口を小さく開いて食べているものだから、本当に小動物のようで女の私でさえも頬が緩みそうだ。
そんな風にして和やかな昼食を終え、お腹を落ち着かせるのに少しだけ町を見て回ったりした後。
「この先にある分かれ道で騎士団とは別れる。代わりにベオーク家の私兵団が合流して護衛に付く事になる」
動き出した馬車の中、レオーネが私に今後の予定を説明してくれてる最中だった。
「私兵団ねぇ。で、東の町までここからだと丸1日ってとこ?」
「そうだ。途中にある小さな村の近くで拠点を張って一晩過ごす事になる。ミレイユとリターニアはこの馬車で過ごしてくれ」
「ワタクシ、人と寝泊まりするのは初めてですので、その、よろしくお願いします!」
頬を染めて嬉しそうに言ってくれるのは良いけど、今のは一歩間違えば違う意味になりそうなのは指摘した方が良いのだろうか?なんて事を頭の片隅で思いつつも、せっかくのイベントだ。私はともかくミレイユ嬢には気が休まるよう楽しんで頂くとしよう。
「なら、そちらのメイドさんも一緒に。せっかくなので女だけの秘密の集まりを楽しみましょ」
「わ、私もですか!?」
「それは良いですね!アブリルも今夜は共に!たまには息抜きをしませんと!」
急に声を掛けられたメイド、どうやらアブリルというらしい、彼女が目を白黒させて困り果て、私の提案に意外にも乗り気になったらしいミレイユが熱の籠った視線で彼女を見つめる。
私はともかく、さすがに自身が仕える人と夜を共にするのは恐れ多いのか、困った様にレオーネ、そして執事さんへと視線を泳がせる。
「ああ、それは良い。護衛も一纏めで済むし、せっかくだ、楽しんでくれ。ああ、ミレイユは余りはしゃぎ過ぎない様にな。無理の無い範囲で楽しんでくれると俺も嬉しい」
「アブリル、ご厚意に甘えると良い」
レオーネが賛同し、それを受けた執事さんも許可を出す。それで観念したのか、アブリルもようやく頷く。緊張からなのか俯いてしまったけど、その表情が嬉しそうだったのは見えたので、とりあえず良しとしよう。
その後、街道の分かれ道で騎士団が離れ、入れ替わりでベオーク家の私兵団が合流。ミレイユが直接出迎え、さらにはレオーネも労いの言葉を掛けた事もあって終始和やかな旅路となった。
まぁ、私は大変居心地が悪くて落ち着かなったけれども。
それでも、ミレイユとアブリルとはそれなりに仲良くなって、気を利かせたレオーネと執事さんが御者台へ移動してくれた為に余計に盛り上がってしまった。このままの勢いで夜に突入しそうで今からもう怖い。
何て事を思っているうちにあっという間に日が傾き、その頃にちょうど目的の村へと到着したらしい。
レオーネと数人が村長に挨拶に赴くとの事で、私達はそのまま馬車の中で待つ事になった。
「この村は何度も訪れてまして、その縁もあっていつも尋ねると手厚くもてなして下さるのです」
嬉しそうに窓の外を眺めるミレイユ。その横顔を眺めていると隣のアブリルがそっと耳打ちしてくれた。
「実は、この村はご当主様が多額の寄付をしております。ミレイユお嬢様がここを気に入ったとの事で、そのお礼だと申しておりました」
何とも意外な話だ。あのおっさん、どうやら本当に娘を気に掛けているらしい、、、と、思っておく事にする。少なくとも、私の印象では裏があると見ている。だけどそれはここでは言わない。無闇に敵を増やす必要も無い。
「失礼します、間もなくもてなしの準備が整うとの事ですので、どうぞこちらへ」
戻ってきた執事さんの合図でアブリルがメイドさんの表情に戻り、ミレイユが馬車を降りる。そのすぐ後ろにアブリルが控え、村の広場へと向かう。
その後ろ、執事さんに案内されて私も続く。しかしまぁこの執事さん、私への警戒を微塵も緩めない。私が逃げる事への警戒なのか、それとも別の何かか。私が少しだけ顔を向けると、何かを察したかのように軽く頭を下げる。なんとも、喰えない御方だ。
ヒロイン無双その2でございました。
次回も暴れて頂きます(笑)