2 聖女は思い馳せる1
(いい天気だなぁ・・・)
暢気な事を考えながら、私はぼんやりと空を眺めていた。
つい2日前の騒ぎも今は多少落ち着きを取り戻している城下町の一角で、私は乗合馬車が来るのを待っている。
今、私が居るのは中央大陸の中心に位置するフェオール王国と呼ばれる国の、その城下町の西側だった。東と西をそれぞれ別国に挟まれ、南に行けば海、北には大陸を横断する山脈がそびえるこの国はその位置から交易の拠点として、同時に中継地として非常に活気がある国だ。
それぞれの国へと向かう街道には途中、宿場町があり私はそこへ向かうべく馬車を待っていたのだった。
・・・私が生まれ育った町へ別れを告げる為に・・・
帰ってからの段取りとか、西の国へ行ってからの事とかに思いを巡らせていると、城下町を横断してきた馬車がようやく待合所へとやってきた。2頭の馬が引く普通よりも大きめな馬車が私の前ちょうどで止まり、私が御者のおじさんに声を掛けて乗り込もうとしたその時、
「少々お待ちください、そこの黒い髪のお嬢さん」
と、後ろから声を掛けられた。
私が振り向くと、そこには甲冑を着込んだ騎士を2人左右に侍らせた男が立っていた。
(あれ、この服って確か・・・)
私が思考を巡らせていると、
「突然失礼しました、私は国民管理局の者です」
そう名乗ってきた。それでようやく合点がいった私が一つ頷いて、
「何か御用でしょうか」
と答えると、彼は柔和な笑みを浮かべつつも申し訳なさそうに答えた。
「実はある人物を探しておりまして。背格好がちょうど貴女と似ていたもので声を掛けさせていただきました」
眠たげな感じを装ってた目を少しだけ開き、
「そうですか、それはご苦労様です」
無礼にならない様にしつつ社交辞令で答えるとさらに、
「失礼ですが、身分証を拝見しても?」
下手に出つつも、左右の騎士が有無を言わせぬ気配を漂わせており、どう見ても断れる雰囲気ではなかった。私は返事の代わりに肩から下げた鞄から小さな紙を取り出し彼に渡した。
「リサ・ユールーン、出身は・・・ああ、西の宿場町ですか。王都には何しに?」
何気なく突っ込んだ質問が返ってきた。私はバレない様に小さく溜め息をつくと、
「商品の配送です。3日前に来ました」
鞄から明細が記された伝票を取り出して手渡す。
「・・・確かに、間違いないですね。2日前の式典はご参加を?」
数枚綴りの伝票を捲りながらさらに聞いてきた。
「いえ、お客は東の町の御方で。式典の客のせいで中に入れないかもと前もって手紙が来ていたので、その日の正午頃に私が東門まで出迎えに。そこで取引を済ませて、その後仕入れをして一泊、昨日は例の騒ぎの影響で馬車に乗れず、それで今日やっと帰る所です」
足元に置いた大きな荷物を指しながら特に言い淀む事も無く答えると、そこでようやく身分証と伝票が返された。そのまま管理局の人が背後の騎士となにやら話し込み始めたものだから、このまま馬車を待たせるのも悪いなぁと思い、
「そもそも、誰をお探しなんですか?私と似ているって言いましたけど、私みたいなのどこにでも居ると思うんですが」
私の質問に管理局の人が困ったように後頭部辺りを軽く撫でる。そして声を潜めつつも教えてくれた。
「先ほども聞きましたが、2日前に〈聖痕の式典〉があったのはご存じですよね。そこでの聖女様の発言もご存じで?」
「昨日はそれでどこも持ち切りでしたからね」
私が疲れたような表情を浮かべながら答えると、彼も苦笑いを浮かべた。
「ええまぁはい、それでですね、その聖女様が実は式典を抜け出して以降行方不明になっておりまして」
「行方不明?式典から逃げたみたいな事は聞きましたけど・・・それならもう王都から出ているのでは?」
「その可能性もありますが、ほとぼりが冷めるのを待っているという事もあり、現在多方面で捜索しておりまして」
割と重大なことをサラリと言っていいのかなぁ、なんて思いつつもこれ以上足止めされちゃ困るので私がさらに突っ込む。
「でも噂の聖女様は確か白だが銀だかの髪ですよね。私は見ての通りの黒い髪ですよ?」
そう言って、首の後ろ辺りで適当に結わえただけの髪を持ち上げて見せる。
それを見た彼らはしばし考え込んだのち、最後に私の顔を覗き込んできた。
「確かに、それはそうなんですが・・・でも顔付がなんだか・・・」
何やらブツブツ呟いてまた考え込み始めたその時、
「お役人さん、そろそろ出発したいんだがねぇ!早くウチのお客放してくれんかい?」
馬車の御者のおじさんが割り込んできてくれた。
心の中でナイスおじさん!と感謝をしていると、
「あ、ああ、すまない。お引止めしてすみません。それではお嬢さん、良い旅を」
常套句を告げられてようやく私は解放された。また何か言われる前に仕入れの荷物を持ってさっさと馬車に乗り込むとおじさんがすぐに走らせ始めてくれた。その背中に改めて言葉で感謝を伝えると振り返る事なくグッと左手の親指を立てて応えてくれた。
ようやく一息付けた私はストンと馬車の座席に座り軽く車内を見回す。5人くらいは座れる座席が左右に並ぶ造りの馬車に、今は私1人だけ。とりあえず一安心かなと考えて、鞄から先ほど役人に見せた身分証を取り出して眺める。
(案外旨く行くものね、偽の身分証でも)
リサ・ユールーンと記されたそれを鞄に放り込んで私は窓の外を眺める。
ここまで張っていた気を緩めて、そこでようやく私は先日の騒動を思い返した。そして王都に来てからの3年間を、さらにそれまでの15年の慎ましくも幸せな日々を、そして。
・・・もう2度と帰れない日々を・・・
そうして私、リターニア・グレイスは魔法で黒に染めた髪を撫でながらこれまでの事に思いを馳せた。
お待たせしました、ようやくストーリー、設定ともに固まってきたので少しづつ投稿していきます。