198 深まる謎
翌日、ドランドの館を後にした私達は町でリアメノと合流。
ドランドが手配していた馬車に乗り込み、島の各地を見て回った。
リアメノは退屈そうではあったけど、そもそもこれこそが本来の仕事だし我慢してもらった。
とはいえ、途中で飽きて眠ってしまったのはいつもの事だけれど。
ただ、退屈という意味では私も同じだ。
一日掛けて例の二人組が目撃された地点に行ったのだけど、まさかというか、本当に何も無かったのだ。
期待していた魔力の痕跡なども聖痕を使っても確認できず。
それに、改めて実際に訪れてみると、どの場所もそこそこ人が居たりするのだ。
つまり、二人組が訪れたとしても周囲からは怪しまれる事は無いし、不自然でもない。
そもそも、似た様な背格好に服装ともなると毎回同じ者なのか、あるいは別人なのかも判然としない。
それこそ、オセリエやエオールみたいに伝統的な衣装を持つ国ともなれば、必然誰もが似た格好となる。
「これは、空振りでしょうかね」
ドランドも同じ結論に至ったのだろう、周囲を見回しながらそう呟く。
「そうね。まだ決めつけるには早いけど、一つに囚われ続けるのも視野が狭まりそうね」
最後にもう一度だけ辺りを見回し、思考を切り替える。
辺りにはそこそこの人影。
多くは砂浜を散策したり、波打ち際ではしゃいでいたり。
陸側には木々と茂みがあるけど、何かが隠せる程密集してる訳でも無い。
もう少し内陸へと進めばもう少し事情が変わるけど、そうなると目撃位置からは大きく外れてしまう。
「、、、いえ、まさか、、、」
有り得ないかもしれないけど、今はその可能性も無視はしない方がいいかもしれない。
「ドランド」
横に居る彼に声を掛け、目線で奥の方へと促す。
私の意図を察した彼が頷いて一緒に歩き出す。
鬱蒼、とまでは言えない程度には生い茂った茂みを掻き分けていく。
「特に気になる点は無さそうですが、、、」
「そうね、、、」
返事をしつつ、木の幹や茂みを観察する。
確かに、特に人が来たような痕跡は無いようだけど、、、
「、、、妙な感じがする」
何がとははっきり言えないけれど、どうにも違和感を覚え、しゃがみ込んで目を凝らす。
左目に魔力を送り、聖痕を通して観察する。
「、、、微かだけど魔力の痕跡があるわ」
「何ですと?」
浜辺の方では全く見つからなかった手掛かりが、少し離れた場所で見つかった。
それ自体は良い事だけど、それはそれで謎が増えてしまい困りものだ。
とは言え、愚痴を言ってもしょうがないからそれを飲み込んで調査を続ける。
茂みを掻き分けて痕跡を追ってみると、範囲がこの辺り一帯しか見当たらない。
つまり、何者かがここで何かしらの魔法を使ったという事になる。
それは良いのだけど、それだけでは誰が何の目的で魔法を使ったのかが分からない。
推測だけで言うなら、例の二人組に向けて何かをした、と言えるのだけど。
「現状だと何とも言えないわね。せめてここに居たのが誰か分かればもう少し追えるけど」
「残念ながらこちらの方では何も。しかし魔法の痕跡とは、それが聖痕の力ですか」
興味深そうに地面を見つめる私と周辺を交互に見つめるドランド。
余り見せびらかしたくはないけれど、ようやく見つけた手掛かりだし、何よりも相手は相当慎重だ。
これが個人なのか、或いは件の組織が徹底しているのか。
どちらにしろ、少しでも多くの事を得ておきたい。
「まぁ、殿下が私を見込んだ理由はこれよ。そういえば、彼が聖痕を持っている事は知られているの?」
「ええ、勿論です。とはいえ、実際にどういうもので、殿下がどう行使されているかは目にする事はありませんがね」
それは正しい判断だろう。
聖痕は限られた者しか持っていないけれど、だからといって秘匿する様な物でもない。
ただし、その力についてはまた別の話だ。
それはまぁ、これまでにも色々とあったから言うまでも無いだろうけども。
ともかく、今回はそのお陰でこうして僅かでも手掛かりが見つかった。
それは良い事だけど、一つだけ気になる事もある。
(もしも相手側にも聖痕持ちが居るとしたら、、、あの壁を完成させるまで隠し通した奴がこんな手掛かりを残すかな、、、まさか、追わされてる?)
少しだけ嫌な予感が過るけど、まだ何も確定していない。
罠の可能性もあるし、そこまで聖痕の力を把握していないという事も有り得る。
謎は増えるし深まるけど、どうにも引っ掛かる事が多過ぎる。
「ふぅ。今日はここまでね」
深みに嵌まり始めた頭を切り替えて調査を切り上げる。
ドランドと共に馬車へと戻り、途中でリアメノ達を降ろす。
「明日はもっと楽しい事するからね!」
頬を膨らませて降りて行った彼女を見送り、真っすぐ館へと向かう。
道中、ドランドは御付きと打ち合わせをして明日に備え、私は一人目を閉じて今日の事を纏める。
巨大な壁、謎の組織、かつての内乱の残党、怪しい二人組、魔法の痕跡。
これらがどう繋がるのか、そしてそこに聖痕は関わっているのか。
言い知れない不安を薄っすらと感じつつ、目を開けて窓の外を眺める。
夜の帳が降り始めた町並みは、今日も煌々と光り輝き、熱気を帯びて浮かび上がっていた。