197 続く因縁
かつて、ヤーラーンが南一帯を統治していた時代、長く続いた平和に翳りが見え始めた頃があった。
多くの島からなるヤーラーンは、特に小さな島程独自の文明を築いていた者達が多く居たという。
当時の皇帝は彼らの文明に干渉せず、どちらかと言うと同盟に近い形で統治していた。
その結果、帝国は謂わば多部族国家とも呼べる形で、多様な文明が入り混じり、それでも平和を維持する稀有な国として有名だった。
ところが、ある一地域の幾つかの島が突如蜂起した。
多勢に無勢な戦力にも関わらず、地の利を生かした戦法と、少数故に練度の高い戦士達による主要人物の暗殺により、形勢を五分にまで押し上げていた。
結局、皇帝は周囲の意見に押される形で蜂起した島の武力征服を決行。
反乱勢力は殲滅され、本国に潜入していた者達も次第に追い詰められていき、最後は、、、
その後は知っての通り、戦功を挙げた兵士五人に褒章として島が与えられた。
「ここまではヤーラーンの国民であれば学校でも習う事です」
一通り話し終えたドランドがお茶で喉を潤す。
浜辺から離れ、今はドランドの住む館だ。
彼曰く、これから話す事は余り公に話せるものでは無いからと、ここに案内された。
リアメノは付き人と共に別の宿だ。
どうやら少しながらドランドに苦手意識があるらしく、珍しく自分から引き下がっていった。
その分、買い出しやらをして明日に備えると意気込んではいたけれど。
それはそれとして。
「今の話には続きが、いえ、裏があるって所?」
「ええ。それこそ、長い時の間に出た都市伝説めいた物ですが、、、」
何処か歯切れの悪いドランドがもう一度お茶を飲み、意を決した様に私を見つめる。
「実を言うと、私の曾祖母がかなり長生きしまして、幼い頃に聞かされた事があるのです。何でも、島を与えられた兵士達こそが蜂起した者達の生き残りであると」
「それは、、、」
「ええ、俄かには信じられません。ですが、過去の資料を調べてみると、実は帝都に侵入したとされる暗殺者達の素性は不明とされているのです。あるのは、捕えられ、直ちに処刑されたとだけです」
それは確かに不自然だ。
他の事はそれなりに詳細が残されているのに、最も重要な筈の人物についてだけ何も分からないなんて。
まるで、意図的に詳細を省いたかの様だし、碌に調べもしないで処刑するなんて、、、
「、、、まさか、その内乱は最初から仕組まれたもの?それも、帝国のかなり上位の奴が関わってる程の」
私の言葉に、ドランドは反応しない。
彼自身、色々と調べた結果行き着いた推論ではあるけれど、それを肯定する訳にはいかないのだろう。
何故なら、もしもこの話が事実だとしたら、島主達は皆反乱者の血を引く事になってしまうのだから。
例えそれが遥か昔の事であっても、事実は事実として逃れられない。
正直、私にとっても余り他人事としては見れない。
何せ、かつて世界を敵に回して蹂躙の限りを尽くしたのだ。
例え生まれ変わって、名前も見た目も別物になったとしても、他ならぬ私自身がそれを覚えている。
この魂はかつてリサ・ダエーグとして生まれ落ち、やがて魔王と呼ばれる存在へと成り果てたのだ。
ドランド達がどう考えようと、この事が広まればあらぬ事態へと発展しかねない。
それに、例の組織とやらがどう関わっているかもまだ判明していないのだ。
調べるべき事、知るべき事は山積みとなってきたけど、だからこそ一歩づつ確かめていかないと。
「とりあえず、今の話は一度置いておきましょう。それよりも私に接触してきた謎の組織よ」
「そうですね、少し話が逸れましたね」
気を取り直したドランドが眼鏡を掛け直し、側に置いてあった紙を私に差し出した。
「私が気になった事を纏めたものです。その中に、妙な動きをする者達が居ます」
中身を読みながら彼の言葉に耳を傾ける。
「時間も島もまるで違うのですが、似た背格好の男女が目撃されています。しかも、同じ地点の周辺で」
「それが島主の館周辺、と。それ以外にも、共同墓地に港。あとは、島の外周?」
渡された紙には簡易的な地図も添えられていて、謎の二人組が目撃された箇所に印が付けられていた。
他の場所はまだ分かるけど、島の外周というのがよく分からない。
それも、決まった箇所に必ず来ている。
「勿論、彼らが居なくなった後に調べもしましたが、特に何も無いのです。他の誰かと接触した痕跡も無いので重要視しては居ませんでしたが、、、」
「そうね、、、明日はこれらを見ましょう。彼らが何者で、何を目的に行動してるかは分からないけれど、何かしら手掛かりがあるかもしれない。それに、、、」
「それに?」
もしも、聖痕が関わっているとしたら、私なら気付ける事があるかもしれない。
まぁ、それを素直に話す必要も無い。
「いえ。とにかく、それでいい?」
「大丈夫です。では、その様に準備致しましょう」
すぐさま準備に取り掛かるべく、ドランドが部屋から出ていく。
彼らには申し訳ないのだけれど、未だ誰を信用すればいいのか、私はまだ判断していない。
何せ、こうも後から重要な情報が出てくるのだ。
何者かの誘導でもあるのかと疑いたくもなる。
今回の騒動、想像以上に厄介かもしれない。