193 陽射しの下で
町の中心を抜け、島の北部へと向かう。
リアメノ曰く、中央島の中でも特に人気の場所があるとの事だけど。
用意された馬車が整えられた林道を進んでいく中、そんな事を話すリアメノ。
初めて会った時からそうだったけど、今日は輪を掛けて機嫌が良さそうだ。
それだけこの案内が楽しみだったのか、或いは同年代の誰かと居られるのが嬉しいのか。
「それで?おすすめの場所って何なの?」
「それは着いてからのお楽しみです!でも絶対気に入るよ!」
嬉しそうに体を揺らすリアメノ。
何度も外を見ては待ち遠しそうにしていて微笑ましい限りである。
一時間もしないうちに目的の場所へと到着。
馬車から飛び降りたリアメノが私を引っ張ってどんどん進んでいき、道の先を指差す。
「この先!スッゴイ素敵な場所なんだ!エオローの中でも特にオススメの一つだよ!」
まだ最初の、それも自分の納める島じゃないのに嬉しそうに、それ以上に誇らしげに話す彼女。
私と違って余計なアレコレを経験してないからか、年齢よりも幼さを感じさせるけど、それでもエオローに対する思いはしっかりとしている。
そうして林道を抜け、一気に日差しが全身に照り付けてきて。
「これは、、、」
目の前に広がる光景に言葉を失う。
隣に居るリアメノも目を輝かせて同じ物を見つめている。
真っ白な砂浜に、どこまでも続く真っ青な海。
空との境界線が溶け合い、まるで天と地が繋がっているかのように思える光景。
その境目、微かに見えるのは中央大陸だろうか。
こうして見ると、まるで空に浮かんでいるかの様にも感じて、幻想的ですらある。
「今日は特に天気が良いから、良く見えるね!」
その景色を見たまま、リアメノが全身を伸ばす。
体の全てを使って今を感じているのだろう、かく言う私も、体を擽る風に身を任せている。
あと、ここに来た時すぐに気付いたのだけど、周りにもそこそこの人が居た。
思い思いに砂浜を歩いたり、波打ち際ではしゃいでいたり、リアメノの言う通り人気の場所らしい。
ただ、気になる事があると言えば、そのどれもが大体は二人組、それも男女の組み合わせだ。
つまりここは、逢引きの穴場なのではないだろうか。
もちろん、恋人以外来てはいけないなんて事はないし、親子連れらしき姿も無いわけでは無い。
だけど、何というかこう、この場の雰囲気みたいなものが違うというか、友人知人同士だと少し近寄り難いような気がしてしまうのである。
「どう?スゴイでしょ!?」
そんな私はさておき、リアメノは無邪気に楽しんでいるようだ。
まぁ、これはこれで癒されるから良しとしよう。
暫く景色を堪能し、近くにある店で飲み物やお菓子を買って食べ歩きをして。
「次はどこに行くの?って、、、」
木陰に座ってのんびりしていたのだけど、ふと横を見ると、リアメノが私にもたれ掛かって気持ちよさそうに居眠りしていた。
馬車を降りてからずっとくっ付いていたから気付かなかったけど、そもそもこの子の距離感は中々におかしい気がする。
それはともかく、あまりにも気の抜けた寝顔に起こす気にもなれず、仕方なくそのまま海と空を眺める。
遠目に見える警護の人がどうしたものかと様子を伺っているから、とりあえず手を振って問題無いと伝えておく。
立場上、気を使われるのは仕方ないとは言え、どうしても落ち着かない所ではある。
ただ、そのお陰でこうしてゆったりとした時間が過ごせているのも事実だし、やらないといけない事があるとは言え、今はこのひと時を楽しむのも悪くはない。
結局、陽が傾き、辺りが赤く染まり始めた頃になってようやくリアメノは目を覚ました。
「うう、ごめんなさいぃ」
「別にいいわよ。急がなきゃいけない訳じゃないんだから」
馬車の中で平謝りする彼女の頭を撫でながら答えると、ようやくしょんぼり顔に笑みが戻る。
「本当なら他にも行きたい場所があったのに。明日はそこに行くからね!」
あっという間に切り替えて明日の予定を考え始める彼女の横顔を見ながら、あの海岸を思い出す。
景色は良かったし、空気も最高。
雰囲気こそ恋人向けではあったけど、まぁ誰でも楽しめる場所ではあった。
もしも、あそこに壁が建てられたとすればその影響は甚大だろう。
だけど、実際に壁が造られたのはエオローの東部。
そこだけを見れば、観光産業に対しての攻撃ではないのだろうけど、、、
(中央島、ヴァネスが治めるエオローの中心地。ヤーラーンとの貿易もここで行われている。それらを失う危険を冒してまであんな事をする必要はなさそうだけども)
宿へと向かう馬車の中、リアメノの楽し気な鼻歌を聞きながら例の壁について考える。
果たして主犯は誰なのか、そして重要人物は何者で、誰とどう繋がっているのか。
まだここは最初の一歩。
だからこそ、躓かない様に注意を怠らずに。
あの海岸で、恐らく私だけが感じた事。
あれが何を意味するのか、その答えはまだ見えないけれど。
既に、私達は何者かに目を付けられている様だった。