191 もう一人の王子
王位継承。
子が一人ならば、基本的にはその子供が後継者となる。
勿論、国にもよるし統治の形態でも違う事はある。
だが、一国を担う者を育てるには時間も労力も、そしてお金も掛かる。
そんな人物が万が一にも失われ、その代わりも居ないとなると、それこそ国がひっくり返る一大事だ。
だからこそ、どの国の為政者も子を二人以上成す。
そして、そうなると巻き起こるのが継承者争いだ。
長子、次子、或いは更に多くの子達、年齢問わず、優秀な者が後を継ぐ。
そして、往々にしてそれは当人達を差し置いて周囲を囲う者が暴走するものだ。
簡潔に言うと、血で血を洗う争いだ。
だけど、時々違う状況になる事もある。
即ち。
「殿下。俺達がそう呼ぶ時は必ずラウ・ベル・オ・ヤーラーン殿下を指す。長兄として、幼い頃から務めを果たされている御方だ。対して、次子であるゼム・レヴ・オ・ヤーラーン、、、王子は、その、なんだ、少々難があってな」
言葉を選びながらも、あまり好意的ではない話し方で語るヴァネス。
見ると、ドランドも渋い表情を浮かべているし、キネレイに至っては嫌悪感を隠そうともしていない。
フェイネルも取り繕ってはいるけど、さっき私へと向けた様な感情が見え隠れしている。
チラリと横に目を向けると、リアメノも薄っすらと頬膨らませている様に見える。
「最近は幽閉でもされてるのか、全く姿を見なくなったんだがな。以前はヤーラーン、エオロー双方に頻繁に現れちゃあ問題を起こしてた。ガキのいたずらみたいな事もあれば、洒落にならねぇ被害のもんもあった」
「ヤーラーンは何もしなかったの?」
「まさか。すぐに王子を捕縛してくれたし、賠償もしてくれた。だがな、そんなろくでなしでも次期国王として推す奴らが居る。何なら、王子自身が自分こそがその椅子に相応しいと宣っているときた」
つまり、その双方が結託して事態をややこしくしている、と。
だからこそ、兄であるラウ王子が事態の解決に当たっているのだろう。
そうして、弟よりも王位に相応しいと周囲に示す必要が出てきた、そんな所か。
それなら、ラウ王子が言葉を濁したのも分からなくはないし、ヴァネス達も口を開きたがらなかったのも、まぁ頷けはする。
同時に、彼の話を聞いて今現在の問題にも答えが出る気がするのだけど。
「なら、あの壁も弟さんがやらかしたんじゃないの?寧ろ、第二王子なら造作も無いんじゃ?」
私の疑問に、だけどヴァネスも他の面々も首を横に振る。
「残念だが、それは殿下直々に否定されている。王子には監視が付けられていて、ここ最近で怪しい動きは全くしていないそうだ。まぁ、周りの連中が動いてる可能性もあるが、少なくとも王子から直接指示が出てる可能性は少ないらしい」
あのラウ王子がそう言うなら確かに信憑性はあるし、彼等はそれが事実であるという前提で頭を悩ませている。
無論、私は頭からそれを信じるつもりはない。
あの王子が何を、そして何処まで考えているかは現状分からないけれど、全てを明かさなかった以上、私も私で考え、行動させてもらう。
「話は分かったわ。つまり、例の壁に関わったらしい人物が第二王子に連なるかどうか、それを調べればいいのね?」
「そういうこった。俺らはツラが割れてるし、殿下も気取られない様にする為に派手に動けねぇ。しかも、単純な荒事ならともかく、場合によっちゃエオローとヤーラーン、国同士の問題になる。特に、俺らが関わっちまったらな」
「だからこそ、殿下の身分証明を持つ私が適任な訳ね。何かあっても、殿下の特使として身の安全が保障されるから」
「そういうこった。お嬢さんが選ばれたのは偶然だろうが、これも何かの縁。どうだろうか、引き受けちゃくれねぇか?」
そう言って再び頭を下げるヴァネス達。
裏事情はともかく、粗方知りたい事は知れたし、分からない部分は後で王子から直接聞けばいい。
あるとすれば、第二王子派の妨害程度か。
腕を組んで暫し考える。
私の本音は変わらず、さっさと報告して旅立ちたい所ではある。
ただ、敢えて聞かなかったけども一つだけ気になる事もある。
ラウ王子は聖痕を持っている。
もしもゼム王子が普通の弟なら良かったけれど、双子となると少し事情は変わる。
特に、一番厄介なのは、双方共聖痕を持っている場合だ。
双子が一つの聖痕を共有する事は有り得なくは無いし、似た様な状況も既に経験している。
もちろん、必ずしもそうとは限らないし、或いはラウ王子が既に何かしらの対策をしている可能性もある。
ただ、ここに来て雲行きが怪しくなってのは確かだし、聖痕が絡んでいるとなれば尚更だ。
あの壁を見た時に感じた私の感覚が正しいなら、この件には必ず聖痕が関わっている。
それが誰なのかはまだ判然としないけれど、、、
「分かったわ。だけど、解決するかの保障はしないわよ」
「そうか!うおおおおおお!恩に着るぜ!」
ヴァネスが咆哮染みた雄叫びを上げて私の手をガシッと握ってくる。
うーん、やっぱ早まっただろうか。