19 花は微笑む
貴族、それも王族が乗る馬車はとにかく乗り心地が良い。それはもう腹が立つ程に。
走り始めてまだ数分なのにそんな感想が浮かぶくらい、快適な空間に居心地が悪くなる。何とかして逃げ出したいのだけど。
「本当に良かったです。大恩あるお方にお礼も言えずにいて、どうしようかと悩んでいましたから」
目の前で嬉しそうに微笑みを浮かべるミレイユに、さてどうしたものかと思いつつ、とりあえずは気になる事を先に片付けようと気持ちを切り替える事にした。
「ところであの件はどうしたの?」
あえて要点を入れずにレオーネに目を向ける。それで察した彼は小さく頷くと、
「ああ、今朝一番に団長へ伝令を走らせた。俺を幼い頃から鍛えてくれた信頼に足る人だ。とりあえずは動いてくれるだろう」
「まだ全部片付いたワケじゃないけどね。まぁそれはそっちで何とかして。こっちは巻き込まれた側なんだし」
「分かっている。それよりもだ」
話を切り上げて隣のミレイユの方にそっと触れる。
「ぜひミレイユと話をしてほしい。彼女も朝から楽しみにしていてな」
そう言われてほんのり頬をピンクに染めるミレイユ嬢。なんでそこで照れる。
「はい、その、、、お恥ずかしながら」
もごもごと口の中で転がす様に言葉を紡ぐ。
「お礼を言いたかったのは、先日の事だけではないのです。レオーネ様からお聞きしまして、ワタクシと向き合うようにと御助言頂いたと、お聞きしまして」
ああー、あのお説教か。なんと、彼女さんともちゃんと話をしたのか。
なんて意志を込めてレオーネに目をやると、
「ああ、君に怒られたあとすぐにな。折良く彼女も体調が良いとの事で少しだけ話を、というか謝罪をだな」
なんて恥ずかしそうに話す。いやだからなぜ照れる。倦怠期を脱したバカップルかこいつらは。
「俺も目が覚めて、お陰でこうして側に居れる。君のお陰だ」
「はい。元はと言えばワタクシのこの身の上が原因。とはいえ、それを慮って心労をお掛けしてしまったのですから、今こうして御側に居られるだけでも」
左肩に乗せられたレオーネの手にそっと右手を添えるミレイユ。仲睦まじい事この上ないけど、そもそもそんな事情何て知ってこっちゃないこちらとしては、ただただ見せつけられてるだけでちっとも楽しくない。だけど。
(今、一瞬だけ表情が曇った、、、?)
気のせいかもしれないけど、ミレイユの顔が少しだけ暗くなった気がする。
んん?と思うけど、今はもう微笑んでいるし、ただ単に日差しの関係でそう見えただけかもしれない。まぁ私が気にする事でもないか、なんて思い、ふとドアの窓から外を眺めると。
「この馬車、何処に向かってるの?王都に行くんじゃないの?」
車窓から見える景色が明らかに王都行きのものとは違うのに気付いた。これはもしや。
「ああ、騎士団は別件で動いてた後に合流したから王都へ戻るが、我々はこのまま東の方へ向かう」
「申し訳ありません、リターニア様。ワタクシがあちらの町へ向かう事情が御座いまして」
ミレイユがそれはもう申し訳なさそうに小さくなるけど、こちらとしては王都に連れてかれずに済むので有難いことではある。しかし、体の弱いお嬢様がそれを押してまでそれなりの距離を移動する事情とはなんだろうか。
「その体で馬車移動ばかりなんて大丈夫なの?港町だって昨日来たばかりじゃないの」
「ああ、それについては問題ない」
レオーネが私の疑問に頷きながら答える。
「実は、この馬車自体が魔導具なんだ。ミレイユの為の特注でな」
「はぁ?馬車が魔導具って、、、ああ、そういう事」
言われて、周囲を見渡しながら調べてみると、確かに何か違和感のようなものを感じ取れた。これは、
「回復系の魔法が幾つか重ねられてるみたいね。中に居れば魔力が補充される?物理的な治療もありそう。中に居るだけで怪我が治るとか逆に怖いわね」
「驚いた。見ただけでそこまで解析出来るのか君は。それも」
「ええ、聖痕の力よ。まぁ種は教えないけど」
この程度なら、至近距離であろうと共鳴を起こさずに聖痕の力を引き出せる。何せ年季が違う。
「まぁとは言えこればかりはね。聖痕の特性もあるし、アンタのはそもそもこういう事向きじゃないでしょ」
「確かに。それは何となく感じていたが、、、やはり君は、聖痕についてかなりの知識を持っているんだな」
「まぁ、ね。それについても黙秘させて欲しいけど。あぁ、聖痕で思い出したけど」
ふと、そこで気が付いた、というか思い出した事がある。視線をミレイユへ移してそれを口にする。
「ミレイユさん。ベオーク家は大公って言ってたわね。うろ覚えなんだけど、大公って確か」
「はい。我がベオーク家は、その起源がフェオール王家と並ぶ最古の一族なのです」
私の疑問に彼女が柔らかな笑顔で答える。確か、王宮に居た頃にも教えられた覚えはある。興味が無いのでほぼ聞き流していたけど、大公と言えば格は王族と同列だったはず。なら、ミレイユの言葉も併せて考えると、
「つまり、100年前の魔王討伐の一員だったのね」
「はい、そう伝わっております」
「フェオール家でも同じように伝わっている。ベオーク家の先祖は聖女の親友だったそうだが、魔王討伐後にはフェオールに留まり共に国を支えたと。その功績から無二の友として大公に据え、この国を繁栄させてきたのだそうだ」
やはり、と1人納得する。でも、だとするとあの日記はなぜフェオールが持っていた?思い出したくない、それこそ封印してしまいたい程の記憶だった?
私に残された記憶が正しければ、誰よりも聖女の裏切りを嘆いたのは日記の所有者であるあの子のはずなのに。それを子孫には残さずフェオールに託した。そこがどうにも引っ掛かる。
「あの、何かお気になられましたか?」
ミレイユの声にふと顔を上げる。どうやらかなり深く考え込んでいたようで、隣のレオーネも不思議そうにこちらを見ている。ここはあえて突っ込んでみるか。
「いえ、そうならミレイユさんにも聖痕があるのでは?レオーネには宿ったんだし」
私の疑問に、2人が同時に表情を陰らせる。ふむ、と少しだけ考えてから、揺さぶってみる。
「なるほどね、ミレイユさん、というかベオークの血には聖痕は戻ってこなかったのね」
「はい、残念ながら。当主、我が父も嘆いておられました。ベオークの血は廃れたと」
どうやら、私の勘は当たったようだ。だけど、ここでそれは指摘しない方が良いかもしれない。
「ランヴェルトの奴、表向きはミレイユを大事にしてはいるが、、、」
「レオーネ様、それは仕方のない事です。それに、ワタクシ個人に対する感情では御座いません。父は、誰よりも己自身を、、、」
悲痛な表情でレオーネの腕に縋りつくミレイユ。どうやら、ここにも聖痕に囚われた存在が居るようだ。可哀そうだとは思うが、だがそれもまた聖痕を授かった宿命とも言える。己の力で乗り越えねばならない。せめてそうでないと100年経っても人は進歩していないと諦めてしまいそうだ。
「まぁでも、実際魔王が蘇ったかはまだ定かじゃないんだし。そこまで気にする必要もないでしょ」
とりあえず、重い雰囲気を搔き消そうと適当に慰める。私がこんな事をしないといけない理由は分からないけども。
「あ、ああ。そうだな、今王宮でも国民達を落ち着かせるべく動いてくれている。とはいえ、俺も早く本来の役目に動かないといけないんだがな。誰かさんのお陰ですっかり出鼻を挫かれた」
ジロリ、とこちらに鋭い視線を送ってきた。どうやら藪蛇だったようだ。だけど、それで大人しくする程私はお淑やかではない。
あの出来事を思い返し、意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「あら、そんな事言っていいの?人のあんな姿を覗き見た王子様?」
「ま、待て!それだけはミレイユの前では言わないでくれ!」
「レ、レオーネ様?どうされたのですか?」
身を乗り出して慌てふためくレオーネに、目を丸くするミレイユ。なかなか面白い反応をしてくれたので、とりあえず私は何でもないと身振りで伝えておく。まだ爆弾を落とすには早いしね。
ヒロイン無双回。しばらく癒しの時間です(笑)