184 第一王子、現る
とりあえず、宿の主人に迷惑になるから飾り付けやらは全て撤去してもらい。
流石に、私の言った通りに直接来られては無下にする訳にもいかず。
「アハハ、やっとお話が出来ますね!来て下さりありがとうございます!」
誰かさんを髣髴とさせる爽やかな笑みを惜しむ事無く振り撒く王子様のお誘いを受けてしまったのだった。
今、私が居るのは町から少し離れた森の中だ。
王族専用の施設があるらしく、整えられた道を進み、その先にある一見質素に見える建物へと案内されている。
勿論、これまた質素な外見を装った、中身は超が付く一流の調度品で整えられ乗り心地抜群な馬車で。
正直、乗り心地は良くても居心地は最悪だ。
何せ、王子の隣には例の女がしっかりと控えているのだから。
「これ、そう殺気立つなナイレン。私の客人だぞ」
「、、、私は許可しておりません」
「全く、相変わらず頑固だな。子供じゃあないんだ、付き合う相手位自分で見極められる」
王子に対しても私と同じ様な態度の彼女、ナイレンと、そんな彼女にも気さくに接する王子。
端から見れば少し年の離れた姉弟にも見えなくはないけれど。
「ああ、すみません。ナイレンは私の侍女兼護衛ですが、元は乳母でもあるのです。お陰で今でもこうしてあれこれ口出ししてきましてね」
満面の笑みでそういう王子には悪いけど、私は今の発言に目を丸くしている。
「いや、乳母って、、、どう見てもそんな歳じゃないでしょ」
「これでも今年で五十になります。ちなみに、殿下はつい先日二十二歳になられました。めでたい事です、ええ本当に」
最後の一言に途轍もない凄みが含まれていたのは気のせいではないだろう。
いやそれよりも、どう見ても二十代か、精々三十代前半位の姿なのに、今年で五十歳、、、
「、、、ある意味、納得ではあるけどさぁ」
「何か?」
「いえ、なんでも!」
いや、普通に殺意剥き出しで睨まないで頂きたいのだけど。
隣の王子も相変わらず笑顔満点で、寧ろ何を考えているのか分からないし。
「アハハ!いやすみません、ナイレンは昔からこんな感じでして。何なら、父にもこれですからね。正直、ヤーラーン帝国で彼女に頭の上がる者は居ないのですよ。困りましたねぇ」
まるで困った素振りも見せずに笑い飛ばす王子。
いや、ていうか父って、それはつまり皇帝陛下なワケでしょうに。
そんな人物に物を申せる彼女は一体何者なのだろうか、、、何だか嫌な予感しかしないから考えるのはやめておいた方が良い気がする。
そんなこんなで、何だか変な雰囲気の漂う馬車は進んでいき、ようやく目的の建物へと到着した。
馬車を降りて、ようやく息の詰まる様な閉鎖空間から出られて大きく息を吐き出してしまったのは仕方がないだろう、と声を大にしたい。
「どうぞ、こちらへ」
そんな私に若干の苦笑いを浮かべた王子が優雅に手を取り案内していく。
背後からまたしても殺気が漂って来たけども、、、
案内された建物は、流石王族専用というだけあって想像以上の豪華さだった。
外見は襲撃などを避ける為なのか、敢えて古臭い感じにしてあるのだけど、入口を一歩潜ると煌びやかな装飾、馬車の中以上に絢爛な調度品、更にはズラリと並ぶ使用人達と、どこぞの王宮と言われても遜色ないものだった。
そんな中を王子のエスコートで進むのは途轍もなく場違い感がある私。
何せ、今着ているのは非常に質素な服なのだ。
着の身着のままでここに連れられてしまったけど、正直もう帰たい。
まぁ逃げられる訳も無く、奥にある貴賓室らしき場所へと辿り着いてしまった。
王子の私室となっているのか、通ってきた場所と比べるとまだ落ち着いた内装になってはいるけど、まぁそれでもお察しな程度には華々しい。
「さ、お好きな場所に座って下さい」
そう言って、王子は中央に敷かれた敷物の上に腰を下ろす。
ヤーラーン式なのか、ソファや椅子なんかは無く、床に敷いた敷物に直接座る形になっているようだ。
侍女達は部屋の左右に控え、唯一、ナイレンだけが王子の後ろに控えている。
作法が分からないけれど、好きに座れと言われたので王子の対面の位置に腰を下ろす。
それを見た王子が手を叩くと、さっき見た使用人達が続々と食事を運び込んでくる。
「さ、朝食がまだでしょう。私もですから、共にいただくとしましょう」
「、、、目の前に置かれちゃあ断れないでしょ」
「アハハ、いえいえ。遠慮されても困っちゃいますからね。これでもそれなりに計算高いのですよ、私は」
まぁ、あの女に面倒を見られていたのだ、彼の言葉にも頷くしかない。
そんなこんなで、贅を尽くした朝食を遠慮なく嗜み、食後のお茶を飲み始めた頃。
「さて、では改めて本題に入りましょうか」
少しだけ表情を引き締めた王子が私を真っ直ぐに見つめる。
その視線に、何かしらの熱が込められているのだけれど、どうも私の想像しているものとは違うようだ。
そして、王子の言葉を合図に、横に控えていた侍女達が全員部屋を出て行く。
あのナイレンすら、渋々ではあるけれど部屋を出て行き、私と王子の二人きりになる。
「まずは、この様な手段でお越し頂いた事をお許しを」
「それはもういいわ。少なくとも、貴方が本気だというのは伝わったわ」
「それは有難い。では、単刀直入に」
徐に立ち上がった王子が、右足を私に差し出す様に向ける。
「、、、なるほどね」
「ええ、恐らく貴女は意識して抑えていたから気付かなかったのでしょう。ですが、私は気付いてしまいまして」
観念して、胸の聖痕に僅かに魔力を流す。
それに反応して、彼の足の甲にも聖痕が浮かび上がった。