182 バカンスの危機!?
道行く人々も、何事かと足を止めて状況を見守る。
その輪の中心、向かい合って睨み合う当の二人はと言うと。
「カビ臭い連中がこんな所に居るとはね。せっかくの旅行が台無しだよ」
「コソコソするしか能の無い連中がどうしてこんな場所に出てきたんだい?鼠は鼠らしく巣穴に籠っていたまえよ」
まぁ、何とも仲のよろしい事で。
互いに罵り合いながら、だけど最低限の節度はあるのか一定の距離のままを保っている。
さっきから、時々手を振り上げたり、懐から何かを取り出そうとはしているのだけど、それを抑えて代わりと言わんばかりに罵倒の応酬を続けている。
それを遠目に、私は呑気に買った飲み物に口を付けたりしていて。
だから、いつの間にか隣に誰かが立っていても全く気にも留めない。
ましてや、
「お止めにならないのですか?」
いきなりこんな事を言われた日には、特に。
「いきなりね。名乗りもしない奴とお喋りする趣味はないわよ」
それだけ言い放つと、また傍観者に戻る。
何か言い返してくるかな、と多少は身構えたのだけど、何故かそいつ、声からして女だろうけど、そのまま私の横で事の成り行きを見守っている。
結局、そうこうしている内に例の二人は正反対の方向に歩き去り、野次馬達も散って行った。
「、、、で、アンタはいつまでそこにいる訳?」
謎の女は何も言わず、だけど動きもせずに私の横に立ったまま。
まぁいいか、と飲み物を飲み干すと立ち上がり、宿に戻ろうと歩き出す。
その背後、私を見つめたままの女を無視して。
翌日。
流石に長居し過ぎたかなと思い、そろそろ出発の準備でもしようと町に買い物に出た時の事。
「おや、またお会いしましたね」
白々しい挨拶を無視して次の店へと歩いて行く。
その隣、少し遅れる形で昨日の女が付いてくる。
それも、やっぱり無言のまま。
なので、私も無視して買い物を続ける。
ただ、擦れ違う人達のうちの何人かが、その女の顔を見て驚きの表情を浮かべていたのが少し気になる。
その人達の共通点が、これまた決まってお貴族様なのも含めて。
何処となく嫌な予感がして、だけどここで行動を起こせば負けた気になる。
それもまた癪に触るから、とことん無視を続ける。
で、結局いつの間にかあの女は居なくなっていた。
買い物に夢中になっていたとはいえ、気配すら感じさせないのだから間違いなく只者では無いのだろう。
とは言え、やっと煩わしい視線からも解放されたし、買った物を腕輪型の収納魔導具に仕舞うと、のんびりと町を散策する。
陽が傾き始めると、この町は昼間とはまた違った顔を見せ始める。
何故なら、昼間よりも暗くなってきた頃合いこそが最も活気に溢れるのだ。
あちこちに置かれた灯火と、ここに訪れる人達が日常から解放されたが故に放つ、何処か浮ついた熱が混じり合って毎夜お祭り騒ぎなのだ。
家族や恋人同士ともなればまだしも、特にそれに影響を受けるのが、出会いを求めてやってきている連中だろう。
男も女も、この場の空気に任せて普段よりもより大胆に己を魅せつける。
そして、見事にそれが実ったら、、、
まぁ、その先はご想像にお任せするとして。
残念ながら、私はそんな事とは無縁だし、求めてもいない。
、、、まぁ、正直に言うとここに来てから結構な数の男に誘われた事はある。
始めのうちこそ、誰もが様子見な感じで居たものだから、私も勝手が分からないでお酒を飲み交わしたりしてしまったのだけど。
で、そうなるとそういう事を狙う輩も寄ってきてしまい。
酔わせて寝入った所を襲おうとでも思っていたのか、偉く強い酒を勧めてきたりしたのだけど、まぁそうと分かっていれば対処は出来るし、多少痛い目を見ればそういう奴らはすぐに散るだろうと考えていたのだけど、そこは流石に店の店主が上手だった。
男共には強い酒をそのままで出して、私にはそうとバレないように風味だけを付けたお酒を出してくれたのだ。
お陰ですっかり男を潰す酒豪だと噂が流れて、ちょっかいを掛けてくる奴が居なくなったので大変感謝している。
そんな風に、大変充実した休息を楽しんでいたのだけど、やはりというか、何処に居ても厄介事は付いてくるようで。
例の店でお酒を軽く楽しんで宿へと戻る途中。
「、、、はぁ」
せっかくいい気分だったのに、それに水を差す奴はいつも唐突に現れる。
「夜分に申し訳ありません」
「なら今すぐ消えて。せっかくの気分が台無しよ」
三度現れた謎の女。
私の割と本気気味の言葉に、だけどやはり微塵も動じない。
それどころか、私の道を塞ぐように横道から出てくる始末。
「どういうつもり?」
「我が主人が貴女様と一夜を共にしたいと仰られておりまして」
それはつまり、そういうお誘い、という事なのだろうか。
「私を娼婦だとでも?それともタダで抱ける都合の良い女だとでも言いたい訳?」
「滅相もございません。主人は純粋に、貴女様と語らいたいと、ご招待を致したのです」
顔色一つ変えない女が淡々と話す。
その最後に、とんでもない爆弾を落として。
「我が主人、ヤーラーン帝国第一王子、ラウ・ベル・オ・ヤーラーン殿下よりのお誘いでございます」