181 プロローグ・羽を休めて
隙間から差し込む朝陽に照らされて目が覚める。
窓の外からは穏やかな波の音が届き、耳を優しく擽る。
そんな子守唄の中、微睡から少しづつ意識を浮上させる。
ゆっくりと目を開き、差し込む光に堪らず目を覆う。
そんな、心地良いある日の朝だった。
西大陸での騒動から早一ヶ月が過ぎた。
とりあえずではあるけれど、余り大きな騒ぎにされないように、無事と最低限の事だけを書いた手紙を幾つか出してはおいた。
そのお陰か、今の所私の元に誰かが訪ねてくる事もなく、久しぶりに穏やかな日々を過ごしている。
まぁ、そもそも私が何処に居るかなんて教えてないのだから当然ではあるのだけれど。
そんなどうでもいい事を頭から追い出して、ベッドから起き上がる。
薄い毛布が体から滑り落ち、
「あっ、何も着てないや」
露わになった自分の裸にぼんやりと呟く。
近くに投げてあった適当な服を着て、側にある窓へと向かう。
その木戸を大きく開け放ち、朝の空気を胸一杯に吸い込む。
気分は最高。
身も心も癒され、次に成すべき事への気合いも充分。
なのだけれど、結局未だに私はこの地に留まっている。
常夏の島国として名高いエオロー連合国。
そう、かつてフェオールでの騒動の際に第二の逃亡先として選んでいた彼の国に、私はようやく来ている。
季節柄もあって、突き抜ける様な蒼天の空模様の下、じっとしていても汗が浮かんでくる気候のこの国は今が最盛期。
本来なら、今私が居る豪華なコテージなんて予約で埋まっている、筈なのだけれど。
今年は何故か人が少ない。
寂れている、とまでは行かないけれど例年よりも訪れる人が減っているらしい。
買い物に出た先で、店主と客の話を盗み聞いてみたところによると、中央大陸の三国はここ最近の間に色々とあってそれどころでは無いらしく、加えて西大陸でも大きな騒動があったせいで、観光や避暑に来るどころでは無い、という話らしい。
ちなみに、その話を聞いた私は何故か居心地が悪くなったので早々に退散したのはここだけの話である。
ともかく、そんなこんなのお陰で私はこうして贅沢な羽休めをしているのだった。
海沿いの小さな店で飲み物を買って、店先の椅子に座って行き交う人々をのんびり眺める。
少ないとは言っても、それでもそれなりに人は居る。
そういう連中は、大抵が色々と肥えたお貴族様だったり、或いは世の中の情勢など知った事かと人生を謳歌する人だったり。
そんな中でも目に付くのが、独特な意匠の服を身に纏った人達。
買い物ついでの世間話で聞いてみたら、どうやら彼らは東の国からの観光客らしい。
東の国、という呼び方をするとイングズ共和国を思い出すかもしれない。
けれど、実際にはそうじゃない。
イングズは中央大陸の東にあるが故に、地理的に呼ぶ時は東部の国などと呼ばれる。
対して、東の国と呼ばれると、それはそこからさらに東、海を越えた先にある国の事を指す。
私がフェオールで色々とお勉強させられた時に覚えた事だ。
そして、そここそが私が次に目指している場所でもある。
ただし、かつて魔王として存在していた頃の因縁の地でもあるけれど。
何せ、当時そこにあった国こそが、かつての私、リサ・ダエーグが生を受けた地なのだから。
何故過去形なのかというと、その国はもう存在しないから。
他ならぬ、私の手で滅ぼした今は亡き国。
そして、この百年の間に最も大きな変化のあった地でもある。
今現在、東の国は二つある。
縦に細長い陸地を二等分して、北側がオセリエ伝統皇国。
南にはエオール革新統国と呼ばれる国が。
軽く説明しておくと、オセリエは魔王が倒された直後、奇跡的に生き残った人々が自然と集まり成り立った国だという。
正直、私も詳しくは知らないけれど、とりあえず私の故国の縁者ではないらしい。
ただ、魔王の由来についてはある程度知っているらしく、その事から武力を放棄した国として知られている。
対して、エオールはオセリエの中から現れた、所謂革命的思想を持つ連中が独立して立ち上げた国であり、過去の事から古い考えを貫くオセリエとは対照的に、新しい事を常に取り込み技術革新を推し進めている国、らしい。
らしい、というのは、あの国は独立当時から外からの情報は取り入れる癖に、自国に関しては一貫して外部に漏らさない事でこれまた有名なのだ。
一応、観光客なんかも受け入れてはいるけど、殆ど行動が制限され、時には直接的に監視まで付ける徹底ぶりなのだとか。
まぁ、独立する際に相当血生臭い事もあったとかで、国同士の外交に於いてエオールはあまり良い目では見られていない。
オセリエについても、こちらはこちらで頭の固い頑固な連中が国を指揮しているとかで、例の海洋探索を禁じたのもこの国だ。
つまりは、どちらの国も一癖も二癖もある面倒な地であり、以上の経緯からその二国の仲もよろしくない、、、のだけど。
私の視線の先、対照的な衣装を纏う二人組。
その二人こそ、まさしく件の国からの来訪者であり。
今まさに、血生臭い事が起きようとしている場面だったりする。