18 旅は道連れ、聖女は嘆く
朝日に照らされて私は目を覚ました。
昨日、というか数時間前のレオーネとの問答ですっかり出鼻を挫かれた私は、情報を整理するために頭を目覚めさせる。
泉の水で顔を洗い、町で調達しておいた朝食を適当に済ませ、活力が漲った所で、さて、と思考を切り替えた。
レオーネは聖痕の真実に近付いた。彼があの日記から得た知識を基に推論した聖痕の意志なるものは、確かに存在する。当然ながら、それは何か別の生き物が乗り移るワケでも、その身を奪おうなどというものではない。私も完全に全てを知っているわけではないけど、他の者よりも深く理解しているのもまた事実。
・・・聖痕は、祝福であり、呪いであるのだと・・・
それがどういう意味なのか、かつての私も知り得なかった。ただいつからかそうと理解し、受け入れ、そして、行動した。その果てが死ではあったけど、だからこそその先、つまり今に繋がったのだと思っている。
100年前の彼らはどこまで気付いていたのか、あの日記を見れば判断出来たかもしれないけど、現状を見るに恐らく今のレオーネと大差ないだろう。だけど、今はそれで十分だ。
少なくともレオーネは今後の障害足り得る資格を得た。このまま行けば、彼は聖痕の力を正しく引き出せるようになる。そうすれば、今の私にも迫れるだろう。つまりそれは、私の逃避行を止められる、という事だ。今はまだその気はないようだけど、きっかけさえあれば彼は動く。
そうならない為にも、一刻も早くフェオールから脱出しないといけない。国外に出てしまえば、たとえ友好国でもおいそれと追跡は出来ない。ここが勝負所だろう、私もいい加減未練を断ち切って本気で逃げないと。
準備を整え、最後に髪と瞳の色を変化させると東へ向けて森の中へと足を進め、
「、、、はぁ」
ようとして、くるりと向きを変え、西へと足を踏み出した。
しばし森の中を歩いて、昨日通った街道へと再び戻ってきたのだけど、その訳は。
「来てくれると思ったよ」
街道を埋め尽くさんばかりの馬車、ずらりと居並ぶ騎士団、そして。
前後を騎士に固められた一際豪勢な馬車と、その前に悠然と佇むレオーネの姿。
「正直なところ、逃げられるかもと思ったんだが。杞憂だったみたいだ」
爽やかな笑顔でそう言い放つバカ王子の顔に、私はウンザリを通り越して軽い殺意すら芽生えそうだった。
「あのね、あれだけあからさまに気配飛ばされちゃ逆に気になるのよ。いくら聖痕持ち同士だからって、魔導具感覚で呼び出しに使うのやめてよね」
歩み寄りながらバカ王子に文句をぶつける。コイツはなんと、聖痕を共鳴させて私を呼びつけたのだ。そんな芸当が出来るようになるなんて、さすがはフェオールの末裔。憎たらしいったらありゃしない!
一応言っておくと、バカ正直に応じたのには理由がある。何せ、こうして聖痕を使いこなし始めたのだ。その成長速度は私にとっては少し、、、危険だ。
そんな私の黒い感情に気付きもしないコイツは爽やかな笑みを浮かべたまま話を続ける。
「不躾なのはすまないと思っている。だがこうでもしないと君は何処かにいってしまうだろう?どうしても、君と会わせたい人が居てね」
そう言って背後の馬車のドアをゆっくりと開き、中に手を差し伸べる。その手を取って優雅に馬車から現れたのは。
「まぁ、またお会い出来ましたわね!」
花のような笑みを浮かべ、簡素ながらも洗練されたドレスの裾を華麗に摘み、一礼する女性。ふわりとしたピンク色の髪が、今は日の光を受けて薄っすらと金色に輝くその人は。
「ミレイユ、改めて紹介しよう。彼女がリターニア・グレイス。まぁ色々ありはしたが、先日君を助けた人だ」
「ええ、ワタクシの記憶にも間違いはありません。確かにあの日、この身を救ってくださった御方です」
レオーネの紹介を受けたその人、ミレイユがもう一度一礼し、そして。
「先日は本当にありがとうございました。それと、名乗る事も出来ずに申し訳ございませんでした」
ニッコリと、満面の笑みで。
「ワタクシは、ミレイユ・ベオーク。恐れ多くも大公の爵位を頂くベオーク家の娘にして、レオーネ王子殿下の許嫁でございますわ」
・・・あまりにも衝撃的すぎる紹介を受けてしまった・・・
この人がベオーク、つまりあのランヴェルト・ベオークの娘ですって!?私に意味の分からない嫌味を散々吐き棄て、いつも仏頂面かしかめっ面しかしてない不愛想なおっさんの娘が、まさかこんな花のような可憐なお嬢さんだなんて!やはりこの世は理不尽すぎる。うん、滅ぼそう。
私が1人決意を新たにしていると、そのミレイユが私にそっと駆け寄り私の手を優しく両手で包み込んできた。柔らかい、そしていい匂いだ。
「どうしてもちゃんとお礼が言いたくて、レオーネ様に無理を言ってお願いしたのです。その、ご迷惑でしたか、、、?」
潤んだ瞳で上目遣いで、まるで小動物の様に問い掛ける、その全ての仕草が庇護欲を刺激する。
(いや待て待て待て、私も彼女も女だ!何を考えてるんだ私!)
暴走しそうな思考を無理矢理引き剥がして、何とか笑みを浮かべる。
「え、ええと。別にお礼が欲しいとかそういうので助けた訳では。あくまで、成り行きだから」
「だとしてもです。命を救われた事実は変わりません。なれば、相応の礼を返さねば家名に傷が付きます」
すごい、ふわりとした見た目からは思いもしない意志の強さ。レオーネから聞いてた印象とはまるで違う。これで病弱だのなんだのって言われても信じられそうにない。
「それに、是非ともお話してみたかったのです。こういう機会でもないと、ワタクシも人と接することがありませんので」
一瞬、暗い表情になったけどすぐにまた笑みへと戻すと、
「さぁ、では参りましょう!」
グイっと、両手で掴んだ私の手を引いて歩き出す。
私が何事かと混乱するのを気にも留めず、彼女はさっきまで乗っていた馬車にレオーネの手を取って乗り込む。さりげなくエスコートするレオーネも微笑ましく彼女を見つめている。
って、そうじゃなくて!
「待って待って!なんでさりげなく馬車に連れ込もうとしてるの!イヤよこんな馬車になんて乗りたくもないって!」
ギリギリの所で何とか踏み留まる。ミレイユが馬車の中から可愛らしく私の手を引っ張ってくる。しかも気が付けば左右をいつの間にかメイドらしき人と執事らしき人に囲まれてる。後ろにはこれまたいつの間にか退路を断つようにレオーネが立ちはだかる。なんで申し合わせたかの様に陣取ってるの。というか、これ絶対バカ王子の入れ知恵だ。私を確実に捕まえる為の作戦だったのだ!
私を囲む3人がジリジリと距離を詰めてくる。加えて、
「やはり、ご迷惑でしょうか、、、ワタクシ、浮かれてしまったのですね、、、」
前を見上げると、大きな瞳をウルウルと潤ませるミレイユの姿が目に入ってくる。いやそれは反則でしょう。
うぐぐ、と声にならない呻きを口の中でなんとか飲み込み、代わりにこれ見よがしに肩を落として見せる。
「分かった、降参よ。そんな顔しないでちょうだい。私が悪者みたいじゃない」
体の力を抜いて素直に馬車に乗り込む。すると、さっきまでの悲劇のヒロインが途端に太陽の如く花開いた笑顔になる。
「ああ、良かったです。それではどうぞこちらへ!」
手招きされて椅子に座ると、続いてレオーネがミレイユの隣に腰を下ろし、私はメイドさんと、反対側から乗り込んできた執事さんに挟まれてしまう。逃げ道を塞がれた。
「では行こうか」
レオーネの合図で馬車の列が動き出す。私は屋根に据え付けられた窓から見える空を遠い目で眺めながら1人、まるで売られる家畜になった気分でこの状況を嘆いた。
ここにきてヒロイン登場でございます。
あの時助けたあの子です!