177 円舞
ゼイオスの解き放った魔力でとうとう城は完全に崩れ去った。
瓦礫も吹き飛び、辺りは辛うじて残っている床や折れた柱しか見当たらない。
邪魔くさい砂埃を風で吹き飛ばし、聖痕を多重発現させる男を睨む。
そう、魔導人形に与えられた擬似聖痕などでは無い、本物の聖痕の多重化。
まともな人間なら、その尋常じゃない魔力量に体が耐えられないし、そこから得られる膨大な情報量に脳は焼き切れる。
だけど、
「ぐっ、、、これはまた、なかなかに痺れるではないか」
やはりコイツは違う。
頭を抑えながらも、それでもなお笑みを浮かべながら私を見据える。
「そう長くは保たないわよ」
「ハッ!貴様が六もの聖痕を操るのだ、この程度耐えられずして何とする」
そう言われると少しバツが悪いけど、そもそも私はズルをしているから、そこは黙っておく。
代わりに、六つの聖痕に魔力を流す。
それに応え、奴もまた五重となった額の聖痕を輝かせる。
デカテーセリスの時の再現の様に、辺りに魔力が吹き荒れる。
そして、私は静かに鎌を両手で構え。
ゼイオスもまた、剣を両手で握り締めて私へと切先を向ける。
先に動いたのは私。
牽制に雷を連射しながら床を蹴り、奴の左手側へと回り込んでいく。
その雷撃を身を捻って躱しながら、私を正面に捉え続けるゼイオス。
それを続けながら少しづつ奴との距離を詰めていく。
互いの間合いに入った瞬間、二人同時に武器を振るう。
私の真横からの一撃を奴は左腕の籠手で受け止める。
それ毎腕を切り落とそうと力を込めるけど、それよりも早く奴が剣を振り下ろす。
一瞬、それを受け止めようとして、だけど直感的にそれは不味いと大きく横に飛び跳ねる。
そのすぐ横を剣が通過し、爆音と共に床が大きく陥没する。
「流石に勘付かれるか!」
「あっぶな。舐めた真似してくれるわね!」
何とか余裕のある返事をするけど、内心はかなり驚いている。
奴は直前まで痕跡を隠し、私に当たる直前に一気に魔力を剣に込めてきた。
もしあのまま受け止めていたら、多分左腕が吹き飛んでいただろう。
そして、今この瞬間にも私が切り付けた傷を治療している。
聖痕のお陰でそれもあっという間だ。
やはり、決着を付けるなら一撃で、確実に首を切り落とすしか無い。
鎌を持ち直して、呼吸を整える。
ゼイオスも左腕の調子を確かめた後、剣を構える。
今度は、私は右手だけで持ち、左手を前へと突き出し刃を後ろへと向ける。
奴は両手で、大きく頭上に掲げ持つ。
浮遊する帝都が鳴動しながら更に崩れていく。
気が付けばその高さは既に最初の頃から半分以下にまで堕ちている。
このままだと、一時間もしないうちに地上へと至るだろう。
薄らと明るくなる空の下、
「、、、」
「、、、」
私と奴の呼吸が重なる。
そして、大地の鳴動が収まり、静寂に包まれる。
それを合図に、同時に床を蹴る。
奴はまたしても剣に魔力を込めて振り下ろす。
それを体を回転させて躱し、その勢いで鎌を振り回す。
今度はそれを大きく屈んで避けると、跳ねる様な勢いでゼイオスは剣を振り上げる。
その剣の腹を蹴って弾くと、お返しに鎌を頭目掛けて振り下ろす。
流石に避けられないと判断したのか、奴は大きく踏み込んで刃を避けて肩で柄を受け止める。
そのまま左手で私を掴もうと伸ばし、そこ目掛けて私も左手を握り締めて振り抜く。
奴の大きな手が私の拳を受け止め、そのまま握ってくる。
「ようやく触れられたぞ!」
「気持ち悪いの、よ!」
笑みを浮かべるゼイオスに怒鳴り返し、左手から雷撃を放つ。
それを、奴は笑みを浮かべたまま受け止め、反撃に同じく雷撃を放ってくる。
「ぐっ、ううううううっ!」
「フハハハハハハハハ!」
そのまま、我慢比べが始まる。
私が聖痕を増やして出力を上げると、奴も同様に反撃する。
逃げ場の無い力が四方に飛び跳ね、辺りの瓦礫が弾け飛ぶ。
そして、前触れも無く発生した強烈な反発によって共に大きく後ろに吹き飛ぶ。
背中から瓦礫に突っ込み、すぐにそれを蹴って飛び出す。
床を転がったゼイオスもまたすぐに起き上がり、迫る私へ剣を振るう。
刃がぶつかり合い、大きく火花を散らす。
「ククク、楽しいではないか!なぁ!?」
「黙ってさっさとくたばれ!」
床を蹴って体を捻り、鎌を逆回転させる。
奴も体を回転させて反動を付けて剣を振る。
再び刃がぶつかり、今度はすぐに離れる。
そこからは近距離での応酬だった。
足を運び、腰を捻り、胴を相手へと向ける。
お互いに相手の死角を突く様に動くその光景は、さながらダンスでも踊るかの如くだった。
聖痕による身体強化により、それは人の目に留まらない速さへと至り、それでもなお私も奴も手を緩めはしない。
その均衡を破ったのはどちらだったか。
互いにほぼ同時に後ろに飛び、距離を取る。
今の攻防でどちらも細かい傷を受けているし、着ている服は穴だらけだ。
だけど、そんな事に構う余裕は無い。
流れ落ちる血を無視して、聖痕にもう一度魔力を流す。
奴も同じく聖痕に魔力を送り込もうとし、
「っ、、、これが、限界、、、だとっ」
そう呟いて、苦しげに頭を抑えながら床に膝を突いた。