173 最後の時
フィルニスの突然の自傷に私は警戒を強める。
これまで散々振り回されてきたあれやこれや、その全ての元凶である彼女が意味も無しにあんなことをする訳がない。
まぁ、当の本人は痛みに顔を顰めながら刺した辺りを摩っているけども。
「うー、やっぱ痛いですねぇ」
「当然です、馬鹿なのですか博士?」
引き連れてきた魔導人形、あの子の記憶によればミアと呼ばれるであろう女が呆れた様に呟く。
私を帝都へと案内しに来た時も、確かフィルニスに対して毒づいていた気がするし、あの魔導人形は他のとは違う扱いでもされているのだろうか。
「うるさいですねぇ、いいから早くしなさい」
と思ったけど、普通に怒っているし、何故か短刀を投げつけるように渡している。
それを受け取ったミアは特に感慨も無さそうにそれを受け取り、
「はぁ、仕方がありません。では、聖女様。私はこれにて」
まるで軽く散歩にでも行くかのような一言を残して、その短刀を自らに胸に突き立てた。
「何を、、、」
連続する謎の事態に戸惑うしかできない私を余所に、ミアは静かに倒れていき、そのまま終わりを迎えた。
それに見向きもしないフィルニスはいつものニヤケ面もなく、ただ私を見つめている。
だけど、何かを仕掛けてくる様子は無いというか、何かを待っている様な感じで、、、
最後だろうからと、私が確認したい事を問おうとしたその時だった。
「あ、来ましたよぉ!」
突然、フィルニスが大声を上げ、そして、
「ぅっ、、、これ、マズ、、、あああああああああああ!!!」
右目を押さえて絶叫する。
耐えきれないのか、ついには膝を突き、そのまま蹲る。
それを目の当たりにして、だけど私は動く事が出来ずにただ何が起きるのかを見届ける。
今更ではあるけど、魔導人形に与えられた疑似聖痕は、当然だけど本来の持ち主の物を模した物である。
額の聖痕は当然ながらゼイオスの物だ。
じゃあ、右目のは一体誰が本来の所有者だったのか、その答えは目の前にある。
蹲り、手で押さえ付けられた右目の辺りに聖痕が浮かび上がる。
だけど、それはすぐに霞む様に歪んでいき、次第に二重、そして三重に明滅していく。
似た様な光景を、私は一度だけ見た事がある。
「それは、ペンデとエークシの時の?」
「そ、そうですよぉ」
苦しそうにしながらも少しは落ち着いてきたのか、ゆっくりと立ち上がったフィルニスが脂汗を滲ませながらもいつものニヤケ面を浮かべる。
「あ、あの二人のはですね、一つの聖痕を分割して付与した物です。片方が死んだ時、残された方にどんな変化が起こるのか、、、結果はご存じの通りですが、正直私の望んだデータは得られませんでした。とは言え、その下地があったからこそ、今日の貴女を見てようやく理解出来ました」
空いている手で自身の胸を指差し、
「そう、全ては魂。無いけど有る、それこそが答えでした」
彼女の言葉に、私は息を呑む。
まさか、その答えに到達する者が現れるとは、、、
「ペンデとエークシの失敗は個別の個体にそれを施した事です。だから、今度は同一個体で試したんです」
「同一?、、、まさか!」
「その通りです。人なぞ百年も生きれない脆弱な存在。なら、直ぐに壊れる肉体など作ればいい」
この女、散々イカレているとは思って来たけど、まさかとうの昔に自分の体を捨てていたなんて!
だから、コイツは私を知っている。
そう、魔王だった頃の私を。
「全ては貴女です。死んだと思ったら何故かこの世界に来ていて、あれやこれやしているうちに今度は魔王だなんてモノが現れて、でもその姿を見た時に全て理解しました。私はその為に招かれたのだと。それからはひたすら聖痕について調べ上げました。面白い事に、私にまでそれがあると知った日には狂喜乱舞ですよ!だから、いい実験台としてまず己を徹底的に使い倒しました。ええ、ええ、正直、体を乗り替える事が出来るなんて、魔法様々、聖痕様々、そしてぇ!」
爛々と輝く右目の聖痕を、誇らしげに見せつけながらフィルニスが私を指差す。
「貴女のお陰ですよ、聖女サマ、魔王様!いいえ!」
叫ぶと同時に、あの気怠げな姿からは想像すら出来ない速さで私へと肉薄したフィルニスが、私の目前まで顔を寄せる。
何故かは分からないけれど、今ここでコイツに何かを喋らせてはいけない。
そう直感的に悟り引き剥がそうとして、だけど、体は言う事を聞かずにただフィルニスを抱き止めていて、、、
そして、、、
「ワタシを、、、この世界に招いてくれて、、、ありがとうございました、、、 」
「ええ、十分楽しめたわ。だから、最後のご褒美よ」
彼女が最後に何を言ったのか、結局分からなかった。
ただ、今はもう物言わぬ抜け殻となった彼女を見つめた後、そっと自身の右眼に手を添える。
新たに宿った六個目の聖痕の感触を確かめる様に何度か瞬きをして、
「結局、肝心な事は聞けなかったわね」
私を模した魔導人形について、聞けずに終わってしまった事を少しだけ悔やむ。
いや、どうやらそれは必要なさそうだった。
振り返り、大階段を見上げる。
そこに、鏡写しの存在がいつの間にか佇んでいた。