172 逆鱗
エンシアの言葉に私は身構える事も忘れて立ち尽くす。
私の魔導人形、、、
まるで予想とは違う事態に、私の思考は停止する。
いや、そもそもとして私の姿を模した魔導人形とは一体どういう事なのだろうか。
少なくとも、これまで対峙してきた奴らはどのような形であれ、一つの存在だったはず。
あの子から受け継いだ記憶の中にも、誰かしらを真似た存在などが居たという知識は無い。
でも、エンシアが嘘を言っている様には見えないし、そもそも嘘を吐く理由も無い。
困惑する事すら出来ない、けれど、彼女の言葉を信じるならば一つだけハッキリとする事はある。
エンシアが私に向ける感情。
もしそれが私を模した魔導人形のせいだとすれば。
そして、それが意味する所は。
「、、、その魔導人形が貴女の役目を奪った、、、」
エンシアの顔が怒りに染まる。
震える手で剣を掲げ、私へと突き付け、
「そうだ!私が!私だけがあの御方の寵愛を賜っていたのに!お前が現れた途端、用済みだと棄てられた!今ではご尊顔を拝する事すらほぼ叶わない!イングズの件が片付いたと思ったらお前が現れ、ある日を境に毎晩知らぬ女を抱いている!それが貴様だ!」
「それは私じゃないでしょ。ただの人形、子供の遊びよ」
「ああそうだとも!私とて、所詮はその程度でしかなかったんだ、、、それでも!それでもそうあれと産み出された私の存在意義を貴様が奪った!貴様さえ現れなければ!この世に産まれなければ!」
「、、、この世に産まれなければ、かぁ」
彼女の境遇には、まぁ思う所が無い訳でも無い。
けれど、今の言葉は、、、今の言葉だけは、、、
「、、、いいわ」
両手の剣を手放し、ただ静かにエンシアを見つめる。
「何のつもりだ」
更に怒りを滲ませる彼女を無視して、目を閉じる。
そして、五つの聖痕に魔力を流し込み、そして、、、
「、、、死ね」
一言。
「ぇ」
間抜けた声だけが残り、後には何も残らない。
そう、今の今まで目の前に居たエンシアが、文字通り跡形もなく消えた。
すぐ傍に居たはずのデカですら、消えた姉を探して視線を彷徨わせる。
その最後に、床に残る僅かな染みを見つめて、
「オ、、、ネエ、、、チャ、、、」
彼女に身に何が起きたの察する。
体を震わせ、私に向けて怒りの慟哭の声を上げ、
「ウガアアアアアアアア、ギャッ!?」
「うるさい」
その顔に氷塊を放つ。
直ぐに立ち上がろうとするデカだけど、その前に彼の下へと滑るように飛んでいき、頭を踏みつける。
「馬鹿姉に伝えなさい。私の逆鱗に触れた事を悔いなさい、とね」
「ウウウウ、ギョアァ」
頭を抑える足に魔力を籠め、そのまま床ごと踏み砕く。
そしてそれきり、デカは動かなくなった。
内側で荒れ狂うかつて抱いたものと同じ激情を何とか宥めすかす。
流石に二度目の人生でも魔王になるつもりはない。
とは言え、あの一言はかつての私が散々言われてきた言葉。
反射的に全力を出してしまったのは仕方がないだろう。
それに、既に私が聖痕を五つ持っている事は知られている。
それなら今更隠す必要も無いだろう。
というよりも、もっと早くその事に気付くべきだっただろう。
「ま、どれもこれも今更よね」
自嘲気味に呟いた後、最後にもう一度大きく息を吐き出して気持ちを切り替える。
ともかく、これで魔導人形が二体消えた。
受け継いだ記憶と私の記憶を擦り合わせると、残る魔導人形は一体。
私を迎えに来た、フィルニスに似た奴だけのはず。
だけど、エンシアの言葉が事実なら、、、
「今は考えるだけ無駄ね。奴の所に行けば分かるでしょうし」
悩んでいても始まらない。
とにかく、私は私でやるべき事をやるとしよう。
戦いやら色々と考えたりですっかり忘れていたけど、この浮遊帝都は既に崩壊し始めている。
他ならぬ私がそれを齎したのだから、当然なのだけど。
地下から飛び出し、城内を駆け抜ける途中だけど、窓から覗く城下町は結構な有様だ。
そこかしこが崩落してたり、爆発でも起きたのか倒壊した建物なんかも見える。
城内に居た連中は何処へ行ったのか、姿が見えない。
声も聞こえないから、既に城からは逃げ出しているのだろうけど、果たして逃げ場はあるのか。
まぁ、正直に言うと、この帝都に居る時点で彼等もまた皇帝の考えに賛同したという事だろう。
なら、この結果も受け入れる覚悟はしていただろう。
申し訳ないが、大人しく最後を迎えて貰うとしよう。
階段を駆け上がり、ようやく城のエントランスへと辿り着き、、、
「なんで入口に戻ってるの?」
足を止めて辺りを見回す。
私は確かに上を目指していたし、幾つも階段を駆け上った。
その果てに、ここに至った。
それは、つまり。
「フフフ、これ以上は進ませませんよぅ」
聞き慣れた声が響く。
その声がした方に振り返ると、城の入り口からこちらにやってくるフィルニスの姿。
傍には最後の魔導人形、ミアと呼ばれるはずの女の姿もある。
「まんまと罠に嵌まったってワケね」
「正直ヒヤヒヤしましたけどねぇ。でも、これで場は整いました」
草臥れた白衣の内側から何かを取り出し、それを私へと向け、
「フィルニス・ラーグ。最後の実験と参りましょう!」
高々と告げ、その細長い何かを自身の首に突き刺した。