171 魔導人形・愛憎のエンシア&哀獣のデカ
瀕死の状態だったエンシア、その体がデカに触れられた途端、瞬く間に元通りに回復していく。
「黙って見ている訳が!」
それを許すはずも無く、重なり合う二人に魔法を放つ。
放たれた炎の塊は無防備な二人に直撃、
「ガアアアアアア!!!」
する直前、デカの放った咆哮によって掻き消される。
擬似聖痕まで利用した魔力の籠った声に、私の体までも後ろに押し返される。
何とか踏ん張って体勢を崩すのだけは避けたけど、その間にエンシアは元通りに回復し、またしても私を射殺さんばかりに睨みながら飛び掛かってくる。
「この程度で!私を殺せるなど思うなよ!アバズレが!」
それも罵倒のおまけ付き。
とにかくエンシアは私を淫乱女にしたいようだけど、そんな事なんてした事もないのだからもうどうしようもない。
ただ、何か言い返してやろうにもエンシアは猛烈な勢いで攻撃を繰り出してくるし、更に。
「グオオオオオオ!」
いよいよそこにデカまで加わってきた。
両手の爪を魔力で伸ばし、縦横無尽に振り回す。
しかも、それぞれが出鱈目に攻撃しているように見えて、的確な連携までしている。
無意識なのか、あるいは魔導人形としての特性か、そこまでは流石に分からないけれど、とにかくあまり時間を掛け過ぎると追い詰められる。
既に、得物も鎌から二本の剣に持ち替えて応戦しているけれど、弾くだけで精一杯だ。
このまま膠着状態が続く訳も無いし、だけど早々に切り崩そうにもこの二人の連携が鬱陶しい。
さっきから、片方に狙いを定めて剣を振るうと、もう片方が即座に割って入ったり、或いは私の背後に回って隙を突こうとしてくるものだから詰めの一手を出し切れない。
雑な様で巧みな連携を繰り出す姉弟に、何とか応戦を続ける。
そんな中で、相変わらずエンシアは私へと罵倒を続けているのだけど、
「はっ!聖女だか何だか知らないけど、その程度で陛下の寵愛を賜ろうなどと!」
その一言で、私はようやくこれまでの彼女の言動の理由を察する。
確かに、あの男は私に固執していたし、明らかにそういう事も目論んでいた。
だけど、
「ならもう問題ないでしょ!?アイツ、もう私には興味無いそうよ!」
「黙れ!陛下に裸を見せつけていた癖してどの口が!」
「はっ、裸ぁ!?」
予想外の反論に思わず声が裏返ってしまったのは仕方がないだろう。
だけど、エンシアの目は相変わらず憤怒に染まっているし、何ならデカも何だか変な視線を向けている気がする。
と、それはそれとして、今の言葉には確かに思い当たる節はある。
ゼイオスが私に着させた例のドレスは、確かにいつの間にか脱ぎ捨てられていた。
だけど、今着ている黒炎のドレスはいちいち脱ぎ着する様なものではない。
何なら、あのドレスを燃やし尽くしてしまえば済む。
だけど、事実としてドレスは脱いでいた。
そして何よりも、私自身にはその記憶が全く無い。
勿論、裸になっていたなんて事も憶えが無い。
なら、まさかとは思うけど、、、
「、、、私、酔うと脱ぐの、、、?」
剣と剣、そして爪がぶつかり合う中で思わずそんな事をぼやいてしまった。
幸い、私の間抜けた声は二人には届かなかったようだけど、思わぬ事実に思わず遠い目になりかける。
まぁ、本当にそんな事をしている状況じゃないからすぐに気を取り直す。
私の事はともかくとして、エンシアの感情は思い人を誑かした女に対する物ではない。
もっと、それ以上の何かがある。
そんな考えに耽る私に、何かまた勘違いでもしたのかエンシアが大きく剣を振り下ろし、それを受け止めた私と鍔迫り合いになり、
「思い上がるなよ!私は陛下の夜伽相手を務めていたんだ!それも陛下の御望みでな!」
「そういう事、、、」
確かに、彼女は口さえ閉じていれば女の私から見ても美しいと思ってしまう程だ。
あの男なら例え魔導人形だろうと盛るのも頷ける。
そして、彼女がここまで私を憎む理由も、遂に理解した。
「ゼイオスが私にお熱になって捨てられたってワケね?」
「っっっ!」
あえて挑発する様に言ってやると、怒りが頂点を超えたのか声にならない声を上げる様に口を震わせながら顔を赤くしていく。
その背後でデカが機を窺っているのに意識を向けつつ、
「それならもう一度言うけど、もうアイツは私には興味が無い。元より私もあんなのに抱かれる気もないわ。いい加減、その勘違いを止めてくれる?」
これでどうにかなるとは思わないけど、少しは効果があれば、、、
「、、、何も知らない馬鹿女め」
剣に掛かる重みが消え、エンシアが俯いて肩を震わせる。
怒りにではなく、抑えきれない笑いに。
「ねぇデカ。この女に教えてあげようか」
寄り添ってきた弟の頭を撫でながら、エンシアはゆっくりと顔を上げ、私に蔑みの目を向ける。
何かを仕掛けるのか、或いはまだ私を、、、
「お前、とっくに抱かれてるんだぞ?陛下に毎晩毎晩」
それは聞き捨てならない。
私がゼイオスと再会したのは今日だ。
当然、奴とそんな事をする機会などない。
その今日に限れば、記憶の無い間に何かがあった可能性もあるけど、少なくとも体にそんな痕跡も無い。
エンシアもそれは理解しているはず。
なら、何をどうすれば今の発言が出てくるのか。
嫌な予感に目を細める私に、エンシアが勝ち誇る様に叫ぶ。
「アハハハ!知らなかったのか!お前はな、既に魔導人形が作られているんだ!今の貴様と同じ姿をした、憐れな愛玩人形がな!」