169 禁忌の果て
奥へと進むにつれ、襲撃者の気配が遠退いていく。
それはつまり、奴は追って来ておらず、そうしないだけの理由がここにはあるという事で。
とりあえず背後の心配は必要が無くなったから、前方にだけ意識を向けて進んでいく。
だけど、最初に感じたように敵意は無い。
細長い通路を奥へと進み、その先に。
淡い光の差し込む場所が見えてくる。
まるで誘われる様にその中へと足を踏み入れて、、、
「、、、人の業そのものね」
目の前の光景に思わずそんな事を呟く。
そこにあったのは、いつかの城塞都市の地下で見た物と同じ、魔導人形の入った装置。
だけど、中に入っているのはそんな生易しい物ではなかった。
それは、確かに魔導人形なのだろう。
見た目は十歳程の少女だろうか、装置の中で穏やかな表情で目を閉じている。
だけど、その体は直視するのも憚られる惨状だった。
両腕は肘から先が無く、頭や体のそこかしこから謎の管が伸びて蓋へと繋がり、恐らくは生かす為の何かを流し込んでいるのだろう。
その為に髪は剃られているし、体も剥き出しで、、、
その体も、胸の下辺りからボロボロになり、内臓や骨だけに成り果てていた。
その中にも大量の管が挿し込まれていて、薄い胸の上から唯一生命活動している事を示し心臓の動きが僅かだけど見て取れる。
そう、こんな状態でもこの少女魔導人形は生きているのだ。
そして、私に対して意識を向けている。
目を閉じて、穏やかに眠っている様に見えるのに、確かにこの子は私が目の前に居るのを認識しているのだ。
「これが追ってこない理由?」
⦅あの子は私が怖いみたいだからね⦆
私の呟きに何かが答えてきた。
しかも、まるで頭の中に直接語り掛けてきている様な感覚。
その返事の主を、私は驚きと共に見つめる。
⦅うふふ、驚かせちゃったかな?でも、見ての通り私はもうまともじゃないからね⦆
身動ぎ一つしない魔導人形が、どこにでもいるような普通の少女の様に私へと言葉の念を飛ばしてくる。
「貴女、、、意識があるの?そんな状態で?」
⦅うーん、私もよく分からないかなぁ。もう何年もこのままだし、あ!でもね、お陰で全部分かるんだ。お姉さんの事も、私の兄妹達の事も⦆
その言葉と共に、彼女の右目に聖痕が浮かび上がる。
⦅本当はもっと違う力らしいんだけど、私の場合はまた特別らしくて。だからかな、こんな風になってまで生かされ続けてるのは⦆
「、、、」
⦅あ、別に辛くは無いよ。というか、もうそういう感覚も無くなっちゃってるし。でもね、お姉さんが皆を救ってくれてるのを見て、何というか、私も最後の希望ってのを持っちゃったんだ⦆
彼女の言葉が何を意味するのか。
これまで倒してきた魔導人形はどれもが救いようの無い有様だったから、特に意識をしたことは無い。
だけど、この子は別の意味でもう救いようが無い。
彼女に挿さる管の一つでも抜けば恐らく終わりを迎える。
そうでなくても、私が手を下せばそれまで。
そして、彼女の言った希望とは、、、
「、、、いいのね?」
⦅うん、自分じゃどうしようもないし。皆の所に行かないと。だからお姉さん、最後のお願い⦆
彼女の聖痕が一際輝き、私へ伸びてくる。
それに触れた瞬間、暖かな何かが私の中へと流れ込み、
「これは、、、魔導人形達の?」
⦅うん、イヤかもだけど、せめてお姉さんは覚えておいてほしいなって。だから、思わず呼びかけちゃったの、それは本当にごめんなさいなんだけど、、、⦆
「、、、どの道、全部終わらせるわ。全部ね」
彼女が私へと送り込んできたのは、魔導人形達の全て。
そう生み出された者、望まぬ改造をされた者、そして。
「貴方達を生み出した元凶は、確実に殺すわ。せめて、それが慰めとなればいいけど」
⦅うん、ありがとう。突然のお願いなのに、本当にありがとう。あとは、、、⦆
彼女の聖痕が消え、私へと向ける意識も途絶える。
全てを受け入れる準備を終えた、という事だろう。
最後に、彼女の収まる装置に手を触れ、一気に魔力を解き放つ。
それが齎す結末を見届けはせず、そのままその場を後にする。
薄暗い通路を来た方へと戻る。
背後から爆発音が響き、建物全体が揺れる。
私の放った魔法はあの装置だけでなく、あの一帯を、そしてさらにその先を破壊しているだろう。
もしかすると、この揺れは帝都を浮かす魔導具にも損傷を与えているのかもしれない。
私の落とされた場所へと戻って来たけど、既に襲撃者の気配は無い。
どうやら転移した様で、その痕跡がこの辺りとはまた別の地下空間に伸びていた。
「多分、コイツがデカね。人と魔物の交配で生まれた魔導人形、、、なら、人の常識は通用しないわね、、、それで」
右手に黒炎の鎌を取り出し、頭上に振るう。
「チッ!」
「そんな殺気を振りまいてちゃ奇襲にならないわよ」
私が落ちてきた穴から、新たな襲撃者が剣を振り下ろしながら落ちてくる。
それを受け止めて弾き返し、対峙する。
丁度穴の真下、光が差し込むそこに居たのは、フィルニスの護衛をしていたあの魔導人形の一体だった。