160 そして幕は開く
会議から数日後。
「じゃあ、準備はいいわね?」
私の合図に、居並ぶ面々が頷く。
その列の先頭、武装したローダンとカイルも同じく頷いて、私の動きを待つ。
その視線に頷いてみせ、
「さぁ、喰らい付きなさい!」
胸の聖痕を最大にする。
そのまま両手を空へと向け、魔力を収束させる。
数日前から重苦しく空を覆っていた灰色の雲が更に黒さを増し、所々から光が迸り始める。
「これはまた、何とも言えない光景だな」
「ええ、それを成す事の出来るリターニア様もまた、言葉に出来ない程に美しい存在です」
外野が何やら言っているけれど、いつも通り無視する。
それよりも、良い感じに魔力が高まり、空模様も仕上がっている。
そして、その暗雲を切り裂くように、幾つもの魔力の流れがこの街目掛けて伸び始めてきた。
「来るわよ!覚悟は良いわね!」
私の合図に周囲が一斉に武器を構え、移動を始める。
街自体には結界魔導具があるから直接乗り込まれる心配はないけれど、四方の門を抜かれたら当然侵入される。
その防衛に、彼等は全力で当たる。
そしてその全てが、私が帝都に行く為の陽動だ。
わざわざここでこうしているのも、帝国の目を引き付ける最初の火種を撒いているだけで、あとは全て彼等に丸投げだ。
だけどその前に。
「ま、挨拶代わりにはちょうどいいかな」
せっかく集めた雷雲だ、このままで終わらせるのは少し勿体無いだろう。
右手を振り下ろすと同時に、一筋の光が黒雲を切り裂いて奔っていく。
目にも留まらない速さで駆け抜けた光はそのまま空を行く帝都へと至り、その一部を貫いて破壊する。
『あああああああなんでそこから届くんですかあああああああ!』
なんか悲鳴が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。
その証拠に、街の防衛に当たっている人々からは歓声が上がっている。
これで士気も上がっただろうし、最低限の義理は果たしただろう。
フィルニスも混乱しているだろうし、乗り込むなら今が好機。
次々にこちらへと転移している魔導人形共の痕跡を辿る様に空を飛んでいけば、苦も無く中枢へ行けるだろう。
魔力を流したままの聖痕をもう一度使い、体に風を纏わせ、
「っ!?なんか物凄いのが来る!」
宙に浮いた体から風を解き放ち、地面を滑る様に飛んでいく。
私が放った雷光とは違う光が、帝都からここ目掛けて飛んできていた。
街の外では激闘が繰り広げられていた。
抵抗軍と魔導人形が入り乱れての戦いの中を、文字通り風となって駆け抜ける。
だけど、困った事に皆同じような装備をしているせいで中々目的の人物が見つからない。
刻一刻と近付いてくる強力な力に意識を向けつつ、辺りを見回す。
敵味方入り乱れる中、ようやく探していた人物であるカイルを見つける。
彼の下へと向かおうと、足を踏み出しかけたその時。
「これはっ!?全員伏せなさい!」
魔力で無理矢理声を拡大させる。
同時に、魔法で辺り一帯に結界を張る。
「総員伏せろ!」
私の動きに気付いたのか、カイルが叫び、他の隊長達も一斉に怒号を挙げて抵抗軍を伏せさせる。
直後、結界に強烈な衝撃が走り、抑え込む間もなく砕け散る。
「チッ!私の結界を押し通るとか狂ってるでしょ!」
何かが放った魔法が辺りを吹き飛ばすよりも早くもう一度結界を張る。
今度は簡単に破られない様に聖痕の力を目一杯流し込む。
「間に合えぇ!」
結界が再展開されると同時に、強力な魔法が直撃。
轟音が響き渡り、結界の向こう側に破壊の嵐が駆け抜ける。
その衝撃は結界をも揺さぶり、瞬く間に亀裂が走っていく。
その最中、私の目には次の事態が映りこんでいた。
人の手の様な形をした、蔦の様な触手の様な何かが音も無く忍び寄り、まだ戦い続けている魔導人形だけを的確に掴み、何処かへと引き摺っていく。
抵抗軍が目の前から突然敵が消えた事に戸惑いを見せる中、見る見るうちに魔導人形が姿を消していく。
・・・ォォォォォォォォォォォォォ・・・
「何の音っ!?次から次に!」
低く唸る様な、地響きにも似た異様な音が辺りを包む。
ようやく相殺し切った魔法が消え失せ、結界を解く。
だけど、背中を逆撫でる様な不快な気配が強烈なまでに戦場を覆っている。
「リターニア様!」
カイルとローダン、他数名が私へと駆け寄り、声を掛けてきた。
「何か居るわ。私の力ですら捉えられない何かがね」
「っ!総員、戦闘態勢を維持しろ!何が起きても良いように備えるんだ!」
私の言葉にローダンが即座に指示を出す。
同時に、側に居た者達も駆け出して周囲の状況を調べ始める。
そうして各々が動き出したその時だった。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
謎の咆哮と同時に重圧が圧し掛かる。
周りの人達は抵抗すら出来ずに地面に倒れ伏し、それなりに強い奴も膝を突いて耐えている。
そんな中、私だけはそれに真っ向から跳ね返し、ある一点へと目を向ける。
爆風で巻き起こった砂埃の向こう、何かが蠢いていた。
やがて、埃が晴れていくにつれてソレの姿がハッキリと見えてくる。
「、、、何よ、アレは」
それは、肉の塊としか言えないような、巨大な何かだった。