16 王子と婚約者
あの日助けたピンクのお嬢様はやはり彼の婚約者だった。
「ミレイユは体が弱くてな、今回も療養の為に港町に向かってる途中だったそうだ」
そう語る彼は、初めて見せる穏やかな表情をしていた。その横顔を見て、そんな顔も出来るのね、なんて暢気に思っていたら。
「彼女は特異体質でな、生まれつき魔力が無いそうなんだ」
魔力が無い!?それはあり得ない、魔力とはあらゆる物に宿る力の源だ。それを手繰るからこそ魔法という奇跡のような現象を引き起こせるし、蓄えすぎれば魔物へ、使いすぎれば衰弱する。加えて、人は常に無意識のうちに魔力の消費を抑え込む。使いすぎれば死んでしまうのだから、本能としてそうならないよう生命を維持する最低限を保たせるようになっている。逆に溜め込まないようにある程度は自然に発散されてもいる。1日を過ごして消費された魔力は食事や睡眠によって回復。常に一定を維持するように人の体は出来ているのだ。その魔力が無いという事は、つまり。
「もちろん、全く無いというわけではない。そうでなければ今日まで生きては来られなかったのだから。だが、内から生み出される魔力量が極端に少なく、しかも蓄積されずに消費していってるのだそうだ」
「もしかして、魔導具が手放せない?魔力を吸収する魔導具で、命を支えている?」
私の問いに彼は無言で頷く。その顔はさっきとは打って変わって辛そうに歪んでいる。嫌な感覚が喉元に張り付いて、それを吐き出すように確認した。
「つまりそれは、魔導具を体に埋め込んでいるのね?生きる為に」
ああ、と。短い答えが返ってきて私は納得した。
以前、彼が何度も私に愚痴っていた許嫁の話。貴族の娘に生まれながら、ただ生きるだけで精一杯の存在。
魔導具は装飾品であって、直接体に埋め込むなんて事はあり得ないし、聞いた事も無い。つまりそれは、そうまでしないと彼女は生きられないほどなんだという証拠。
だけど、そうならば分からない事がある。魔導具を埋め込んでまでしているのに、なぜ今も彼女は弱弱しいままなのか。例え魔力が生み出せず、蓄えられずとも、魔導具はそれを補って余りある効果を見せているはず。そう思い至って、
「魔導具は、ちゃんと機能しているの?なんで彼女は」
「医者が言うには」
私の言葉を硬い口調の彼が遮った。
「彼女が魔導具を埋め込んだの数年前だそうだ。具体的な時期までは聞けなかったが、それまではまだ今よりも調子は良かった。それは俺自身も何度も会っているから間違いない」
つまりは、体質自体は生まれつきだけど、魔導具が必要になるまで悪化したのは割と最近の事になる。
いや、それではまるで、、、
「ねぇ、まさかとは思うんだけど」
「ああ、それは俺も考えた。だが、彼女の両親がそんな事をするとは思えない。間違いなく彼女は、、、愛されている」
それはそうだろう。でなければ、当の昔に見捨てられてるだろうし、魔導具を埋め込むなんて無茶もしないし、療養の為に馬車を出したりはしないだろう。
「前にも言ってたわね、今みたいになったのは3年前頃だって。何かあったんじゃないの?」
「分からない。ただ、あの頃も彼女は療養に出ていた。あの頃、魔物の群れが迫ってると騒ぎなっただろ。実は君と出会った町、彼女はあの時あそこにいたんだ」
「えっ、全然気づかなかったけど」
驚きだ、そんなお貴族様が来てれば町はもっと騒ぎになってたと思うけど。
「もちろん、町中に居たわけではない。少し離れた所に療養用に建てた別荘があってな。俺は彼女を避難させる為に騎士団に付いて行ったんだ」
だからあの日あの時彼はあの町に居たのか。それで不運にも私達は出会ってしまった、と。
「彼女を送り出して一息ついた矢先に、君と出くわしてな」
やっぱり、と肩を落とす。そんな事で私は人生計画を見直す羽目になったのか。なんて1人沸々と怒りを覚えていると、
「いや、だが、、、」
何かを思い出す様に彼は口に手を当てて何やらブツブツ言い始めた。
「何か思い当たる事でもあるの?」
私の問いかけに彼は少しだけ間を置き、
「あの時は気付かなかったんだが、あの日の彼女はまるで、、、そう、まるで人形みたいだったな、と」
その言葉に、反射的に鞄を漁った。その手に、ある物が当たりそれを引き出す。
・・・身に着けた者の自意識を奪う、人形のような状態にしてしまう魔導具・・・
「何を問い掛けても反応しなくて、だけど彼女の世話係の声には従っていた、気がする。だけどそんな事は」
「あり得るかもよ」
彼の小さな声に私がはっきりと返す。その声に顔を上げた彼に、私は右手に持った首輪を見せる。
「コレ、あの暗殺者が私に使おうとした魔導具なんだけどね。その時言ったのよ、お前も人形になれって」
「なっ!?それは、どういうことだ!」
「詳しくは知らないわ。あいつ等もただの雇われで、この魔導具も依頼者である閣下とやらから与えられた物らしいから。でも、今アンタの話を聞いてね、まさかと思ったのよ」
近付いてきた彼に首輪を渡す。それを彼は月へ翳してクルクルと確認する。
「クソッ、こんな物あの時の彼女は付けてたか?ダメだ、思い出せないっ!」
「もしかしたら、私も騙されたかも。もしそうだとしたら見上げた忠誠心だわ」
彼の悔し気な表情を見て、私もふと思い至った事がある。
あの男は確かにあの時、お前も、と言った。あの男の言う通り、今回の依頼限りの関係だとしたらそんな言い回しをするだろうか。しかも、アイツは私に首輪を嵌めたあとすぐに手を離した。他の奴らもだった。幾ら説明を受けていたとはいえ、私の状態を確認もせずにそうするだろうか。
彼らは確信していたのだ。私はもう終わったと、いつもやっている通り私も人形になったと。それはつまり、彼らは確信できるだけの事を既に経験していた事に他ならない。では、それは一体いつ?
「レオーネ」
私は首輪を睨みつける彼の名を呼ぶ。私の中で、1つの仮説が組み上がる。それを、確認しないと。
「な、どうかしたか」
急に名を呼ばれた彼が驚きつつも冷静に向き直る。
「貴族って確か、許可さえあれば私兵を持つ事が許されたはずよね」
「あ、ああ。そうだが、それが今何の関係が?」
「私を襲った連中、誰かしらの私兵かもしれない」
「なっ、、、そんな馬鹿な事が」
「騎士団の装備も、盗まれたって話だけど本当は違うのかもしれない。私兵を持てる程の貴族なら、許可を貰わなくても予備の装備くらいいくらでも調達できたのでは?」
私の言葉に、彼が目を見開く。
「金を掴ませたか!あるいは騎士団の中に仲間を潜り込ませていたのか!」
「どちらにしろ、バレない手立てをあらかじめ仕込んでたのは間違いなさそうね。何の為かはさておき、こうして役に立ったのだから」
「クソ、急ぎ確認をしなければっ、、、いや、確認、、、そうだ」
バッと立ち上がった彼が、急に何かを思い出したように動きを止め、私を見下ろしてきた。彼の動きに私も思わず体を向けて聞き入る姿勢になってしまった。
「1つ、聞きたいことがあったんだ。さっき言った、道中で聞こうと思ってた事だ」
そう告げ、懐から一冊の古びた小さな本を取り出す。
「これは、我が城にある蔵書庫の、さらに奥に封印されてた日記だ」
その表紙に、私は見覚えがある、、、いや、記憶にある。
「今までずっと気付かなかったのに、ある日急にそれが認識できるようになった。俺は引き寄せられるように日記を手に取り、中を見た」
そこには、と震える声で彼は言い放った。
「かつて、聖痕の救世主と魔王の最後の戦いの際、ある悲劇が起こったそうだ。そして、ここにはこう記されていたんだ」
・・・苦楽を共にし、人々を愛したはずの彼女が、、、聖女が裏切ったのだと、、、・・・
王子はまだ爆発しません。もうしばらくお待ちください(笑)
派手なバトルはまだしばらくは無いので、期待してお待ちください!