15 王子は語る
「すすす、すまない!その、不審な連中が居ると報告があってだな!そいつらを追っていたら人の気配がしたから、それで見に来たらだな!」
「分かったから!とりあえずそのまま後ろ向いてて!」
早口で言い訳をする覗き魔バカ王子に怒鳴り返して、私は急いで泉から上がる。全身の水気を魔法で生み出した風で吹き飛ばし、鞄から着替えを取り出してササっと着る。汚れたまま脱ぎ散らかした服を適当に畳んで鞄に放り込めば、とりあえず見られて困る物はもうない、、、と思った所ですでに裸を見られてるし今更か、なんて諦めにも似た境地に達してしまう。
「はい、もういいわよ」
若干棘がある声色で声を掛けると、彼は恐る恐るこっちに顔を向ける。私がしっかり服を着ているのを確認すると、まだ赤みの残った顔でゆっくりと近付いてきた。なんで無言なのよ、、、
そのまま私まであと5歩くらいのところでピタッと止まると、今度は顔を四方に向け始める。というか、私と目を合わせない。そのまま沈黙が続き、なぜか気まずい雰囲気になってくる。
さっきの事故は、さすがの私も自分のせいでもあるかと諦めて口を開こうとして、
「あの、、、」
「すまなかった!」
ほぼ同時に、レオーネが謝罪と共に頭を下げた。いや、頭を下げた!?あのバカ王子が!?
私が呆気に取られていると、
「今の事もだが、それだけじゃない。この3年間についても重ねて謝罪する」
申し訳なかった、と頭を下げたままもう一度繰り返す。
「えと、まぁ、分かったから、とりあえず頭上げて。王族に謝らせたとか後が怖いから」
目を丸くしながら答えると、そこでようやく彼が頭を上げる。その顔からはもう赤みは引いていた。というか、いつになく真剣な表情で、そんな顔初めて見たかもなんて思ってしまった。そして私がボケっとしているのに気付いたのか、今度は少し恥ずかし気に話し始めた。
「何から話せばいいのか、、、そうだな。君から怒鳴られたお陰で、と言った方がいいか。父上にも散々言われた事なのに、結局俺は何一つ理解していなかった。それが君を怒らせ、そして、、、」
そこで、少しだけ悔しそうな、苦しそうな表情になって顔を俯かせる。多分、数日前の事を言っているのだろう。
「君が、あんな事をするとはさすがに思わなかった。色々と話さねばと考えていたが、旅立った道中でしようと後に回した。それも含めて後悔して、な」
「だから魔王探しより私を探すのを優先したの?」
「そうだ、国民からはそれなりに反発もあった。だが、それもどちらかと言えばなぜ君が逃げるような事になったのかという声の方が大きかった」
それはまぁ、国民も予言を本気で信じてる人とか少数だしね、なんて思いつつ、なぜか少しだけ嬉しくなってしまった。私が表情を緩めたのに気付いたのか、レオーネは不思議そうにこちらを見つめてきた。
「と、とりあえず座らない?どうせここなら人も来ないし、ゆっくり話しましょ!」
誤魔化す様に泉の側に座ると、少しだけ間を置いて彼も隣、と言っても少しだけ距離を開けて地面に座る。
そこでまた静寂が戻り、私も彼も泉の水面を眺めた。
「なんで、ここに来たの?」
ふと、疑問になった事を聞いてみる。そもそも私は人目に付かない様に町を出た。気配にも注意して誰かに気付かれたとも思っていない。でも、事実彼はここへ来た。それが謎だったのだ。
「ああ、そもそもについて説明しないとだな」
彼は少しだけ居住まいを正して、話し始めた。
「元々は式典の日のその前、君と話をした日よりさらに前になるのだが」
そうして語りだした彼の言う事には、なんでもある日、予備の騎士団の装備の所在が不明になっていると報告が上がってきたらしい。たまたま騎士団の方で用事を済ませていたレオーネはその話を一緒に聞いたそうだ。
消えた装備は制服と鎧一式、数は5人分。最初は誰かが片し忘れてどこかに放置しているのだろうと考えてたそうだが、何日経っても戻ってこず、詳しく調べるとそもそも誰も持ち出していない事が判明。盗まれた可能性があるとして秘密裏に捜査していたそうだ。
「式典の騒ぎで頭から抜けたんだが、君を探してる途中で妙な報告がまた上がってきてな」
曰く、指示にない街道封鎖をした騎士が確認された、と。しかも正規の騎士団が駆け付けると既に居なくなっていた。
私が連中を確認した後、間を置かずに騎士団が直接確認しに行ったみたいだ。
「騎士団を騙って犯罪を犯すならまだ分かるが、なぜ街道を封鎖していたのか。それが謎だった」
それは私を探していたから、と伝えようと彼の方に顔を向けるが、
「だが、それもここに来てやっと分かった」
先に彼が告げ、こちらを向いてくる。
「奴ら、君を探してたんだな」
これを、と彼が懐から何かを取り出しこちらに見せてきた。それは、刀身の無い柄だけに剣だった。そう、私を襲った連中が持ってた、私が魔力で溶かしたあの剣。
「これは騎士団が使う装備だ。近くには兜も落ちてた。それに、騎士団の姿をした奴らの、、、死体も」
最後の一言だけ言い淀み、でもはっきりと口にしてきた。その眼は、真っ直ぐに私を見つめていた。
「あれは、、、君がやったんだな?」
疑うような、でも確信を持ったような声で、問い掛けてくる。私はその眼を真っ直ぐ見つめ返して答えた。
「そうよ。5人の暗殺者、誰かさんから依頼されて私を生け捕りにしようとしてたらしいわ。生きてさえいれば怪我も構わなかったみたいで、まぁそれなりに追いつめられたわ」
「追いつめられたって、、、何かされたのか!?」
私の言葉に身を乗り出して聞いてくる。どうやら一応は心配してくれているらしい。
「大丈夫よ。まぁ傷は負ったけど自分で治したし、その後はご覧になった通り全員返り討ちにしたわ」
「そうか、それは、、、いや。そもそも騎士団の装備が盗まれた事自体が不手際だ。それを身に着けた者達が君を襲ったとなれば、原因は我々にある」
そこでまた頭を下げようとするからそれを断る。例え騎士団装備がなくとも私は同じように狙われ襲われたであろう事は明白だ。
「しかし、何というかその、、、あれは、一体どうやったんだ?あんなの、見た事無いぞ」
アレらの惨状を思い出したのか、顔を顰めながら言葉を選んで聞いてきた。いやまぁ、それはそうでしょうとも。
「あー、まぁその。ちょっと本気を出したというか、我慢の限界を超えてしまったというか、、、」
アハハ、と何とか誤魔化す。さすがに教える訳にもいかない。知られればここで殺し合いが始まるかもしれないのだから。
「そ、そうか。とにかく、一度は行方をくらませた連中が昨日になって港に現れたと報告があった。しかも、こちらが探し出すよりも前に町から姿を消した、ともな」
一度言葉を切った彼が後ろを振り返る。視線の先、森の奥にはその彼らが物言わぬ躯で転がっている。
「数人の騎士と共に捜索に出たんだが、既に日が暮れて、しかも気配も断っていた。死体を確認した時に魔導具を見つけたからそれで気配を遮断していたのだろう。お陰でこちらは完全に見失い、騎士達は周辺を捜索、俺は、、、そうだな、多分聖痕を通して何かを感じたのかもしれない。森を探す事にした」
そこで私とバッタリ、という事らしい。まぁ十中八九私が胸の聖痕を解き放ったのが原因だろう。
とりあえず経緯は分かったけど、細かい所まで突っ込まれると面倒だ。私は視線を逸らしながら何とか話題を変えようと思考を巡らせ、
「あ、そうだ。それよりも!」
わざとらしく話題を切り替える。
「あの人!アンタの許嫁さんだったのね!」
「ん?あの人って、ああそうか。いや、彼女から話を聞いてまさかと思ってね。その事についても礼を言わなければと思ってたんだ」
そこで、彼もようやく思い出したかのように改めて姿勢を正してこちらを向いてきた。
「我が婚約者、ミレイユ嬢を窮地から救って頂き、感謝する」
深々と頭を下げてそう告げると、まるでここからが本題だと言わんばかりに彼は表情を硬くして、私にとって衝撃の内容を話し始めるのだった。
すっかり置いてけぼりになってた設定について、近々活動報告の方で補完しようと思いますので、またご報告します!