144 魔導人形・双千里のペンデ&エークシ 1
テーセリスが近付く振動と叫び声が響く中、無防備にも見える姿を晒すペンデと、その隣で無表情のまま全身を弛緩させて立つエークシ。
既に私が聞きたい事はほぼ聞けたし、同じく向こうも話すべき事は話したのだろう。
少し前まで色んな声が響いていた広間は静寂が満ちていた。
そこに近付く災禍の予兆を背中に感じつつ、私は機を窺う。
正直、今回ここでこうして向かい合うまではこの二人は大した戦闘力の無い後方担当だと思っていたけど、実際はそうではないと嫌という程感じている。
ペンデも相当に出来る奴だとは知っているけど、それ以上にエークシの方が厄介そうである。
何せ、あれだけ体から力を抜いているにも拘らず、その瞳の奥では間違いなく私をどう無力化するかを組み立てている。
いや、恐らく奴の頭の中では私は何度も組み伏せられているだろう。
それだけの何かを、正直ここに来た時からずっと感じている。
そして、それは今の睨み合いが始まってからはよりハッキリと感じられる程に強まっている。
指の一本でも微かに動かせば、その瞬間に嚙みつかれる。
そう思わせる程の威圧感をあのエークシは放っている。
とは言え、いつまでもこうしている訳にもいかない。
テーセリスは既に地上へと戻ってきているのだろう、陽動部隊を蹴散らしながら、街並みを破壊しながらここへと向かって来ている。
屋敷の奥にまでその喧騒が届いているから、もう猶予は無い。
瞬時に胸の聖痕に魔力を流し込む。
それとほぼ同時に、目の前の魔導人形達の周囲に火の粉が舞い上がり、
「、、、ペンデ」
「おやおや、随分と性急な事で」
二人のやり取りが聞こえると同時に、私の放とうとしていた魔法が霧散する。
「まぁ、そうなるわよ、ね!」
「むっ!?」
だけど、そうなる事は当然読んでいる。
聖痕同士の戦いに、魔法はほぼほぼ役に立たない。
なら、手段は一つ。
「これが例の黒炎の武器ですか。こうして直に見ると、何とも嫌な感じがしますねぇ、、、エークシ!」
ペンデの掛け声よりも尚早く、エークシはいつの間にか構えていた短剣を私目掛けて振るっていた。
ペンデに受け止められた剣を押し返し、その反動で大きく飛び退る。
そして、ギリギリで捉えられなかった短剣を即座に構え直したエークシが後を追って駆け出してくる。
対する私も、着地すると同時に床を蹴りエークシに向かって駆ける。
広間の中央で二つの刃が交錯し、
「私も混ぜて頂きたいですねぇ!」
そこに、剣を振り下ろしながらペンデが割り込んでくる。
私とぶつかっていたエークシがペンデの影に潜り込む様に身を屈め、流れる様に立ち位置を入れ替える。
「ぐっ、こいつ等っ」
「ははは、さぁ行きますよ!」
「、、、」
そこからは一方的な展開になった。
魔導人形が入れ替わり立ち代わり、変幻自在に攻め手を変えながら攻撃を繰り出してくる。
厄介なのは、二人の武器が違う所。
ペンデは長剣、エークシは短剣。
同じ剣ではあるけれど、長さ違えばその対処も変わる。
これが普通の乱戦なら対処のしようはあるけれど、この二人を相手に常識や定石は通用しない。
それが武器の違い以上に厄介な点で、声を発したのは最初の一撃のみ。
その時も、実際には二人がやり取りをした訳でもなかったけれど、今は輪を掛けて二人の連携が常軌を逸している。
声すら掛けず、目線すら合わせず、呼吸もバラバラ。
なのに、その立ち回りには寸分の狂いも無い。
特に、立ち位置の入れ替わりが恐ろしい程に自然で、そしてまるで予兆が見えない。
連携に必要なやり取りを、この二人は全くしていないのだ。
にも拘らず、気が付くとペンデとエークシが入れ替わっている。
ともすれば、刃を交えている私が、たった今までペンデと打ち合っていたと思ったらいつの間にかエークシを相手にしていたと錯覚する程に。
このままじゃマズい、と何とか打開策を練りながら応戦を続けていたその時だった。
「GAAAAAAAAAAA!!!」
突然天井が崩落し、その瓦礫と共に遂にテーセリスが屋敷へと乱入してきた。
降り注ぐ瓦礫に私と魔導人形が分断され、広間の両端にそれぞれ引き下がる。
奴らはフェデルシュカが座っていた椅子の傍に。
そして私の背後には外へと通じる扉。
それに気付いた瞬間、私は即座に扉を蹴り開けて屋敷の外へと駆け出す。
そして、当然の様に追いかけてくる破壊音。
更にその後ろからはペンデの気配も続いている。
(テーセリス相手なら建物の中が良いけど、ペンデとエークシはどう相手にしても厄介過ぎるわね!)
屋敷の玄関を体当たりで押し開いて、そのまま前庭を駆け抜ける。
その際、街の様子が少し見えたけど、そこかしこから火の手が上がり、テーセリスの通らなかった地点ではまだ戦闘が続いているようだった。
いや、寧ろ音の数や規模は増しているようで、、、
「リターニア様!」
「カイル!?どうしてここに!」
予想外の再会に、だけど悠長に話している時間はない。
「とにかく走って!魔導人形が来るわよ!」
「こちらへ!」
私の声と同時に屋敷の玄関が吹き飛び、私は振り返る事無くカイルの操作する魔導車に飛び乗った。