142 一つの結末
大広間に二つの声が響く。
一つは悲鳴。
一つは嘲笑。
同じ血を持つ姉妹は、全く違う状況に置かれていた。
悲劇の渦中へと無理矢理落とされた妹。
そして、その身を捧げて民を護ろうとしていた筈の姉は皇帝の臣下へと成り果て、この悲劇の物語を書き上げた。
それも、どうやらその目的は、、、
「初めから私が狙いだったワケ?」
「無論ですとも。陛下の命により、そしてそれ以上に!私の全てが!貴女という存在を許せないのです!」
無造作に掴んでいた父である亡国の王の首を投げ捨て、一歩、足を踏み出し私に指を突き付ける。
「聖痕も!聖女も!私が持ち得ぬ物を持ち、陛下の御心を向けられているお前が!お前さえ居なければ私は!私は!」
ここまで冷静でいた彼女が声を荒げる。
髪を振り乱し、綺麗な顔を歪めながら私へと叫びを上げる。
その姿に、彼女が何故こんな事をしたのかを理解する。
でも、私からすれば傍迷惑極まりないし、そもそも一方的な逆上、いや、
「、、、つまり、ただの嫉妬なワケね?」
「なっ!?」
私の言葉にフェデルシュカが凍り付く。
血走った眼を見開いたまま、唇だけを震わせて言葉を吐き出そうとしているようだけど、それ以上に怒りの感情が体を支配している様で声にならない。
図星を突かれた様なのは間違いないのだけれど、それはそれとして、視界の端に入り込む魔導人形が微妙に肩を震わせている様に見えるのは気のせいだろうか。
「くっ、何を笑っているの、エークシ!」
それに気付いたフェデルシュカが魔導人形に怒鳴り、腹癒せに踏みつけたままだったクィレルシュカの腹部を躊躇なく蹴り飛ばす。
突然の事に呻き声すら上げられずに床を転がり、お腹を押さえて丸くなるクィレルシュカ。
その姿を可哀そうには思うけど、迂闊には動けない状況になっているのも事実。
まだ苛立ちが収まらないフェデルシュカは床を何度も蹴りつけている、のはどうでもいいとして、椅子の傍で澄ました顔をしている魔導人形、エークシと呼ばれた奴と、ここまで終始俯いたままのオーダスト。
一応、周りにも帝国側の兵士達が居るけどこれは無視しても問題ない。
エークシも手の内はある程度見ているけどまだ底は見えていない。
何よりも厄介なのは、
「アンタは最初からそっち側だった、という事でいいのかしら?」
「ええ、仰る通りですよ、聖女様」
私の問いに、わざと聖女を強調して答えるオーダスト。
良く見ると、微かに見える口元は笑みの形に歪んでいる。
「フン、それが本性なのね」
「さて、どうなのでしょうねぇ。私にも最早分かりませんもので」
「誰が口を聞いていいと言ったの、ペンデ!」
私達のやり取りに金切り声が割り込む。
確かめるまでも無く、未だに怒り心頭のフェデルシュカだ。
いや、それは心底どうでもいいとして、
「ペンデ?」
「あぁ、本当にこの馬鹿女は。どちらの名も明かしてしまうとは、どこまで愚かで役立たずなのでしょうかね」
呆れたように天を仰ぐ奴の顔はより一層愉快そうに歪んでいて、その表情はまるで、、、
「もういいわ!ペンデ、エークシ、さっさとこの女を捕えなさい!それで全て終わりです!」
またしてもフェデルシュカの声に思考が中断される。
どうやら、彼女の心は余程残念なようだ。
それでも、何とか体裁を取り繕って最初の余裕を取り戻すと、椅子の前へと堂々と立つ。
その背後、彼女の左右にオーダインことペンデ、そしてエークシが控える。
「さぁ、魔導人形共!陛下より賜りし使命を果たしなさい!」
彼女の声を合図に後ろの二人が身構える。
そして、、、
「なっ!?」
「、、、え?」
二つの驚愕が重なる。
一つは私。
そしてもう一つは、、、
「な、、、ん、で、、、?」
呆然とした表情で、胸から飛び出た血に染まった刃を見つめるフェデルシュカ。
「何故と言われましても、貴女が命じたのですよ?陛下の命を果たせ、と」
その言葉と共に刃を引き抜いたのはペンデ。
何の感慨も浮かんでいない、空っぽの笑みを張り付けたまま刃に着いた血を振り払う。
それと同時に崩れ落ちるフェデルシュカには目もくれず、一歩、二歩と前に出る。
その際、通り過ぎる彼女の亡骸を一瞥し、
「まぁ、時が来れば種明かししてやれ、と博士からも言われてはいたんですがねぇ。しかし、貴女がそれをするのは、博士の言葉を借りるならルール違反、というヤツです」
意味の分からない事を言い放ち、それきり興味を無くしたのか改めて私と向かい合う。
そのすぐ傍に、気配すら感じさせる事無くエークシが並び立つ。
「では改めまして、私は魔導人形ペンデ」
「、、、エークシ」
「色々と聞きたい事もあるでしょうし、博士からも伝言として貴女にお話しして聞かせる様に命令されております」
つまりは、こうなる事も全てあの女の想定内だったという訳か。
こうも先手を取られ続けると、いい加減その絡繰りにも見当がつく。
「アンタら、最初から私を見てたのね?」
私の言葉に、ペンデは空虚な笑みのまま頷き、エークシは何処か嬉しそうに体を揺すり、更に一歩、前へと足を踏み出した。




