141 裏切り
屋敷の門の周りには抵抗軍の乗っていた魔導車があった。
だけど、人の気配は全くない。
そう、抵抗軍どころか、帝国軍も、屋敷の門兵や使用人、騒ぎを聞きつけた物好きですらまるで居ない。
ただ、屋敷だけが煌々と灯りを灯し、来るものを飲み込む様に受け入れていた。
開け放たれた門を潜り、屋敷の本館へと続く庭の道を行く。
ここに来て、ようやく戦闘の名残が見えてきた。
庭全体に及ぶ激しい痕跡は、だけど屋敷に近付くほど少なくなっていき、目の前まで来る頃には全く無くなっいる。
だけど、鎮圧されたような感じではない。
破壊の後はあるけれど、それによって流れたはずの流血の痕がまるで無い。
それはつまり、敵側も負傷者が出ていないという事でもあり、より一層不可解な状況となっている。
屋敷の扉はしっかりと閉じられているけれど、
「何も無い、、、これは一体」
そっと触れ、軽く押すと、その重厚な見た目に反して軋む音一つ無く滑らかに開く。
灯りの掲げられた玄関周辺よりもなお明るい灯りが中から漏れ、誘われる様にゆっくりと足を踏み入れる。
広々とした屋敷は、外以上の静寂に包まれていた。
物音一つせず、まるで時間が止まっている様にすら思えた。
その張り詰めた空気を、私の足音が切り裂く。
階段を登り、唯一人の気配がする大広間へと向かう。
(こうもあからさまに誘われてると、逆に安心するわね)
どうやら、厚いお持て成しが期待できそうで、何よりも久々にこうもハッキリとした誘導に安心感すら抱く。
そして、当然の様に妨害すらなく、まぁ案内も無いけれど、間もなく大広間へと辿り着く。
ここまで来て、ようやく微かにだけど多くの人の気配を感じ取れた。
やはりというか、この屋敷にも魔導具が置かれているようだ。
今の所、私に影響のある物は無さそうだけど、だからこそ本丸であるこの大広間に対しては警戒をしておく。
「さて、何が出るやら」
小さく呟いて、扉を勢い良く開く。
扉の先では想像とはまるで違う光景が広がっていた。
そこかしこに抵抗軍の兵士達が囚われており、それを取り囲むように別の兵士が立っている。
不可解なのは、帝国軍の姿もあれば、見慣れない姿の者も居て、さらには抵抗軍の者までそこに混ざっている。
顔は動かさず、目だけでそれを見やり、赤い絨毯の敷かれた中央の道の上、蹲るクィレルシュカと、その横に跪いているオーダストに気付く。
そしてその先、最奥に設えられた豪勢な椅子に、一人の女が優雅に腰掛けていた。
足を組み、ひじ掛けに右手を付いて見下す様に顎を乗せているのは、かつて私が海で見掛け、この作戦の目標でもあるフェデルシュカであった。
「ようこそ、聖痕の聖女様。大したお持て成しも出来ずに申し訳ありませんわ」
その見た目通りの優雅な声が広間に響く。
言葉とは裏腹に、その態度は崩れておらず、不遜なまま。
それだけでも十分に警戒に値するけど、それ以上に危険なのが、
「気にしないで、押し入った様な物だし。それよりも、どうして貴女の傍にソレが居るワケ?」
彼女の傍に控えるのは、例の双子魔導人形の片割れ。
つまり、私がさっきまで相手をしていた筈の奴であり、そもそも敵である存在。
それが、フェデルシュカの傍に佇んでいるのだ。
「あら、コレは私が陛下より賜った物でしてよ?なら、ここに置いてあっても不思議でも何でもありませんこと?」
その言葉に、私よりも蹲っていたクィレルシュカの方が体を震わせる。
それで、この状況がようやく理解出来た。
「貴女、裏切ったのね?」
「裏切る?何を馬鹿な事を。疾うに沈んだ船に誰が戻るのです?見なさいな、この豪勢な屋敷を、優雅な暮らしを。私は陛下に選ばれたのです。己の有用性を示し、それが認められたからこそ魔導人形を下賜され、この都市の管理を任されたのです」
ゆっくりと、威厳に満ちた動作で立ち上がると、蹲り体を震わすクィレルシュカを目だけで見下ろす。
そして、徐に右足を上げると、躊躇なく妹の頭を踏みつける。
「いだぁああい!」
「フフ、無様ね。これが私の妹だなんて恥ずかしくて早く殺してしまいたい。でも、旧レーベインの残党共は陛下へ献上しなければならないわ。アレと一緒にね」
クィレルシュカの頭を踏みつけたまま、顎をしゃくる。
すると、その光景をただ見つめていたオーダストが立ち上がる。
その手には、一つの包みが握られていた。
一体いつからそれを持っていたのか分からないけれど、包みは半分近くが赤に染まっていた。
いや、今もそこから雫が零れ、床にも赤い染みを広げていた。
「、、、」
「さぁ、クィレルシュカ。家族の再会よ」
フェデルシュカの言葉と共に包みが解かれ、中から何かが転げ落ちる。
それは狙ったようにクィレルシュカの目の前にまで転がり、
「いやあああああああああああ!お父様あああああああああああ!!!」
彼女の悲鳴が響く。
それを聞いたフェデルシュカは満足そうに頷くと、ベルベイン王の頭部を掴み上げ、私へと突き出す。
「これがレーベインの末路。そして、、、貴女の辿る結末よ!」