139 王女奪還作戦
この森から新興都市までは、普通なら数日掛かるそうだ。
だけど、魔導車なら当然そんな事は無い。
そう、彼等も当然の様にそれを保有していた。
森の中に巧妙に隠していて、その姿を見て私は一人得心したと言わんばかりに頷いてしまった。
「どうかしましたか?」
「いえ、大したことじゃないわ」
偶然通り掛かったオーダストに見られた事に少しだけ恥ずかしさを感じてすぐに表情を整える。
何を見たかと言うと、数日前に海で見たフェデルシュカ御一行。
あの時に彼女達が乗っていた魔導車は、屋根に草が生えていた事が特に印象深い。
最初はあまりに放置していてとか、そういう事だと勝手に想像していたけど、ここで彼らの魔導車を見てようやく意味が分かった。
確かに、何かの格言だかに木を隠すなら森の中という言葉があるけれど、まさかそれが文字通り、そしてそれ以上に見た通りの事を指すなんて思いもしなかった。
レーベイン王国が持つ魔導車、彼らの物もまた屋根が緑に覆われていた。
荒野で見れば滑稽に映るそれも、こうして森の中で見ると一気にその印象が変わる。
「こんな偽装良く思い付いたわね」
「レーベイン王国は元々木々に囲まれた国でした。かつては馬車などにも同じように偽装を施しておりましたよ」
いつの間にかまたやって来ていたオーダストの説明に成程と頷く。
そんな私に少しだけ嬉しそうな表情を浮かべたオーダストだけど、すぐに真剣な物に切り替わる。
それで、彼が私の下に戻ってきた理由を察した。
「もう動くのね」
「はい。日暮れと共に出ます。最大速度で進み、一気呵成に突入、フェデルシュカ様を奪還いたします。貴女は?」
「気にしなくていいわ。適当な魔導車の屋根にでも潜むから」
私の言葉に今見せた真剣な顔が間抜けた形に崩れる。
その顔に思わず笑みを浮かべ、気付かれる前に動き出した魔導車の列へと向かう。
日が沈むと同時に彼等は予定通りに森を飛び出した。
五部隊に別れ、それぞれが車列を組み荒野を駆ける。
各部隊に付き魔導車は七台。
全部で三十五台という、かなりの規模の人員と魔導車を今日まで隠し続けてきたのは流石というか、あの王様、本当に喰えない奴、というか食わせ者だ。
まぁ、それはともかくとして、今私は第一部隊の最前列の魔導車の屋根に乗っている。
どうやら、初めから屋根の上も利用する予定だったらしく、どの魔導車の上にも人が居たのだ。
で、私が乗れる隙間があったのがここの上だったのだ。
その理由が。
「、、、」
「、、、」
相席者がクィレルシュカ王女様。
他にも、彼女の護衛も居るのだけど、彼らの表情も何とも気まずそうである。
そして、肝心の姫様なのだけど、意外な事にその表情は落ち着いていた。
集中しているのか、意図してなのか、その視線は地平線から覗き始めている新興都市に真っ直ぐ向けられていた。
都市の姿が大きくなるにつれて、緊張感が高まる。
隣のクィレルシュカも槍を握る手に力が入っているようで、少し震えている様にも見える。
「もっと力を抜いて。それじゃあすぐに息切れするわよ」
「、、、分かってるわよ。でも、ようやく姉様を助ける日が来たの。二年前、何も出来なかった私の前で姉様はあの皇帝に自ら身を差し出した。その時に約束したの、必ず助けに行きます、と」
自身に言い聞かせる様に、訥々と語る彼女に顔は決意を秘めた穏やかなものだった。
「、、、どうしたの?昨日とはまるで別人ね」
「そりゃあね、本番前にああも軽く捻られたら誰でも頭が冷えるわよ。だから、その、、、」
急に頬を赤く染めて顔を背けた彼女が、何度か口を開けたり閉じたりした後、意を決したように私と視線を合わせた。
「先に言っておくわ。ありがとう、必ず姉様を助けるから、力を貸して」
静かに、だけど固い決意の込められた言葉に私は頷いて、いよいよ目前に迫る都市へと目を向ける。
クィレルシュカも、周りの護衛達も、周囲の魔導車に居る者達も、同じ様に覚悟を決めているだろう。
夜の闇を炎が切り裂く。
爆音と共に外壁が大きく崩れる。
それも、複数個所が同時に。
内部に潜入していた工作部隊が仕掛けた特殊な魔導具による炸裂魔法により、突入口が開けられた。
『総員、作戦を開始せよ!猶予はない、一時間以内には全てを終え脱出せよ!』
事前にオーダストから渡されていた遠隔通話魔導具、こちらでは通信魔導具と呼ばれているらしいそれから彼の怒号が響く。
それに呼応して周囲からも気炎を上げる声が響く。
隣の姫様も槍を高く掲げ、声を張り上げる。
「っ!」
直後、狙っていたかのように幾つもの魔法と矢、それに小さな鉄の塊が飛来する。
咄嗟に障壁を張り、他の魔導車にも向かっていたそれらを防ぐ。
『グレイス様、感謝します!』
「それより待ち伏せよ!作戦が漏れてる!」
『その様です!総員、作戦に変更なし!但し救出部隊は第一のみに!他は全て敵勢の目を引け!』
オーダストの命令と同時に魔導車が一斉に崩れた外壁から都市へと突入する。
そして、誰もが想像だにしない戦いが、始まろうとしていた。