138 目指すべき場所
広場の中央に立つ。
少し離れた場所にはクィレルシュカが槍を構えて私を睨み、さらに離れて私達を囲むように兵士達や他の野次馬が固唾を飲んで見守る。
始めの内はざわついていた周りの連中もいつの間にか声を潜め、今は静寂が満ちている。
今にも飛び掛かろうとしているクィレルシュカに対し、私は無手で、構えすら取っていない。
さっきからお姫様の怒りが頂点を大きく飛び越えている理由が何のかは、まぁ言うまでも無い事である。
何度も苛立たし気に槍を振り、ただでさえ勝気な目つきの目元がさらに釣り上がってしまっている。
彼女の御付きの人達や近衛騎士達は大分顔色が悪いけど、私的にはどう見ても子犬が頑張って威嚇している様にしか見えなくて微笑ましい限りである。
お陰で、いよいよ我慢が出来なくなって頬が緩んでしまっている。
「お前、私を舐めてるわね!?」
「微笑ましい光景に頬が緩んでるだけよ」
「ぐぅー、ふざけないで!もういい!お前なんてここでとことんぶちのめしてやる!」
いよいよ我慢の限界が来たのか、一際大きく槍を頭上で振り回し、一息に飛び出してくる。
背よりも長い槍を縦横無尽に振り回す姿は流石な物だけど、その分動きは単純だった。
愚直なまでに真っ直ぐ、私の顔目掛けて槍を突き出す。
直前までの槍捌きは何処へやら、しかもその速さも何とも残念な物。
軽く首を傾げてそれを躱し、
「掛かったな!」
ピタリと止めた槍を横に薙ぎ払ってくる。
だけど、当然そんな見え見えの一手になど当たりはしない。
上半身を逸らして槍を躱し、通り過ぎるその槍の柄を手で上方向へと払う。
「うわっ!?」
槍に両手を持っていかれてガラ空きになった胴に右足を突き出し、
「はい、これで終わり」
触れる直前での寸止め。
クィレルシュカは目を丸くして目の前の私の足を見つめている。
しばしそうした後、段々と自身の敗北を理解してきたのか、その顔が赤くなり、
「ま、まだだ!」
「第二回戦?いいわ、付き合ってあげる」
かち上げられた槍を無理矢理振り下ろし、そのまま戦闘を再開する。
その後も、残念ながら一方的な展開が続いた。
攻められてるのは私、だけどそれは消極的な意味では無い。
クィレルシュカの身の熟しは悪くない。
ところが、それが攻勢に出ると途端に崩れてしまうのだ。
華麗な槍捌きは子供のお遊戯になり、大人顔負けの体捌きは運動音痴のそれである。
それが何故なのかは、最早言うまでも無い。
「気持ちが前に出すぎ。心と体を統一しなさい」
「うるさい!」
自身も頭では分かっているのだろう、一応は少しづつ様になり始めている。
相変わらず私への態度は敵意丸出しだけれども。
寧ろ、変化したのは周囲の反応だろう。
最初こそ、胃が痛む様な表情を浮かべていたけど、私の意図が理解出来てからは固唾を飲んで見守っている。
雰囲気自体は良い方向に傾き始めている、後は。
「はっ、はっ、このぉ!」
疲れが溜まって来たのか、最早ただ立っているだけでもフラつき始めている。
これ以上時間も無駄に出来ないし、少し本気を出すとしよう。
大振りの槍を躱し、
「歯を食いしばりなさい」
「なっ!?」
少しだけ魔力を回して右手を強化する。
軽く身を引き、吐き出す息と共に掌を突き出す。
目を丸くするクィレルシュカの顔を数舜だけ見つめ、次の瞬間、その彼女の姿が後方に吹き飛ぶ。
「うーん、やり過ぎたかしら?」
砂煙が収まり、地面に倒れたままの姿を見て少しだけ心配になる。
ま、お転婆姫にはいい薬になるだろう。
そんなドタバタが終わり、ようやく本題とも言えるもう一人の姫様を助ける為の作戦会議が始まった。
ちなみに、クィレルシュカは早々に飛び起きて、心配する侍従達を余所に会議に加わっている。
相変わらずの不機嫌顔ではあるけど、取り敢えず殺気は収めている。
で、肝心の作戦だけど、
「既に内部工作班が侵入の手筈を整えている。結構は明日の深夜。月が中天に差し掛かった頃だ」
「フェデルシュカ様は都市の南部寄り、他よりも大きな館に居るようです。我らは第一から第五までの部隊に分かれ、第一と第二が姫様の救出。第三、第四は陽動。第五が退路の確保となります」
そこで各部隊の隊長が紹介されていき、より細かな人員の振り分けが行われる。
「そして最後になるが、今回協力者として此方の方に加わっていただく」
一通り終わった後、オーダストが私を手で示す。
「こちらはリターニア・グレイス様。ローダン様並びにカイル様の紹介で来て頂いた協力者だ。彼女には単独で、自身の裁量で動いて頂く。くれぐれも邪魔立てはするな」
その発言には周囲もどよめく。
そして、勿論私も驚くしかなかった。
その場はすぐに解散となり、それぞれが慌ただしく準備を始める中、私はすぐにオーダストに近付いた。
「ちょっと、今のはどういう事?」
「陛下からの命です。貴女は隊に組み込むより、好きに動いてもらう方が良いと」
何とも喰えない王様ではあるけど、まぁ好きにしていいのなら遠慮は要らないだろう。
オーダストも、そしてクィレルシュカも自身の準備に去っていった。
なら、私も私でするべき事をするとしよう。