136 森の王国
結局、私についてはリーダー格の男がカイルと連絡を取ってくれたお陰で解決する事になった。
まぁ、未だに私の後ろで目を赤くした少女は納得してないようだけど。
それは置いておくとして、今私達は森の最奥、つまりは中心に向けて進んでいる。
有難い事に、連絡を受けたカイルがすぐさま私について色々と説明してくれたお陰で私の口から何かを語る必要が無くなったし、何なら魔導具も今は解除してくれている。
ようやく靄が掛かった様な感覚が消えて、今は色々と気分が良い。
ついでに辺り一帯の状況も把握しておいたから、次に魔導具を使う事になっても問題はない。
案内された先は、さっきの空き地よりもさらに広い大きさの空間が作られていて、幾つもの天幕が張られて居住空間が確保されていた。
ここまで終始無言だったリーダー格の男がようやくこちらに向き直って申し訳なさそうに頭を下げた後、むくれている少女を引っ張って一際大きな天幕へと足早に歩いて行った。
それを合図に、周りに居た連中も三々五々に解散していき、私は一人取り残されてしまった。
「流石にこれはどうなのよ、まったく」
せっかく解放感で気分が良かったのに、また逆戻りしてしまいそうになる。
とは言え、ここでむくれてたらあの少女と同じなので仕方がない、と気を取り直す。
幸いにも、特に敵意は向けられてないし、余程の事でもない限り騒ぎになる事はないだろう。
一応集落とでも呼べばいいのか、この場所には一通りの生活基盤が築かれていた。
住居は勿論、色んな店もちゃんとある。
どこから商品を仕入れているかは謎だけど、まぁ反抗組織同士の繋がりもある事だし、どうにかなっているのだろう。
それに加えて、人が意外と多い事にも驚いた。
集落自体もそこそこ広いし、一体何処からこれだけの人が流れてきたのやら、想像するだけでも辟易してしまいそうだ。
そんな訳もあってか、外から来た私に対しても殆どの人が仲間意識でも感じてくれているようで、親切に接してくれるのが少しだけ申し訳ない。
そうこうしながら集落を散策していると、向かいの方から人が近付いてくるのが見えた。
あのリーダー格の男に、例の少女も側に居る。
明らかに私に用があるみたいで、男の方はどこか不承不承と言った感じで、少女に至っては不機嫌さを微塵も隠そうとしていない。
「せい、、、リターニア殿。少し宜しいか」
「言い留まったお礼に聞いてあげるわ。それで?」
カイルから聞いたのだろうか、辛うじて聖女と言い切る前に名前を呼んだ事に少しだけ警戒度を下げる。
私の答えに胸を撫で下ろす様に息を吐き出した男は改めて私に告げる。
「立ち話するには少々込み入った物がありまして、まずはあちらまでご一緒を」
手で示したのはあの大きな天幕。
「察するに、そこに誰かが居るのかしら?」
「それも含めて、全てお話ししますよ」
彼に頷いてみせ、案内を待たずに歩き出す。
少し遅れて彼が横に並び、さらにその私の後ろに例の少女と他の面々が続く。
他はともかく、もうそろそろその殺気は引っ込めて欲しいのだけど、どうしたものか。
集落の奥にある大きな天幕へと足を踏み入れる。
入った直後は薄暗く感じたけれど、少しして目が慣れると、意外と灯りも多くて、何よりも広さと快適さが格別だった。
足元に敷かれたカーペットはフワフワしており、靴のままで踏むのがもったいない位だし、置かれているソファもどう考えても高級品だ。
何せ、フェオールの城で見たのと同じような高級さが全身に伝わってくるからね。
そして、そんな王宮かと見紛うような空間の一番奥に、一人の男が居た。
一際豪勢な椅子に腰掛け、しかしその表情は誰がどう見ても草臥れ果てていて。
「遥々よくぞ参られた、リターニア・グレイス嬢」
少ししわがれた、それでも威厳を感じさせる声が響く。
気が付くと、私以外の全員が首を垂れていた、あの少女ですらも。
これで何も気付かないなんて言う程私も間抜けではない。
だからこそ、いつも通りに。
「名乗りもしないのに、人の名前は知っているなんて大層なご身分の御方なのかしら?」
「貴様!無礼者め!」
背後で跪いていたあの少女が飛び掛からん勢いで吠える。
「やめんか、クィレルシュカ。娘が失礼した、それに、確かにまだ名乗りもしていなかったな」
それを諫めた男はゆっくりと立ち上がると、胸に右手を当てて軽く腰を曲げた。
「私はベルベイン・クルム・レーベイン。この様な地に追いやられてはいるが、レーベイン王国の王である。其方の後ろに居るのは娘のクィレルシュカ、よろしく頼む」
そう名乗り終わると、またしてもゆっくりと座り直し、そこでようやく周りも頭を上げて姿勢を正した。
「リターニア・グレイス、ローダン辺りから聞いてるとは思うけれど」
「うむ、ローダンと私は共にこの大陸で一国の主同士、友誼を深めていた。その彼から、其方の事を聞き及んでな、よもやこんな形で出会うとは思わなんだ。迷惑をお掛けした」
もう一度頭を軽く下げて、次に顔上げた時、彼の目は強い意志を宿していた。
「いきなりで済まぬと思うが、力を貸して欲しい。帝国に奪われたもう一人の娘を助ける為に」
内心で大きく溜め息を吐き出し、己の不運を呪う。
結局、一難去ってまた一難、という事なのだろうか。