132 魔導人形・憐憫のディオ2
歯を剥き出し、獰猛な笑みを浮かべるディオ。
突然の豹変に全身に緊張が走る。
「グギギギギ、、、セ、イコン、、、クル、シ、、、」
小さく呻くような言葉を零し頭を掻き毟り始めた姿に、何処かあの異形の怪物女を髣髴とさせる。
「、、、そう、アンタもやっぱり同じなのね」
千切れた腕に、血走った目。
残された腕で頻りに頭を掻き毟り、まるでその中にある物を掻き出そうとでもしているようだった。
そう見えてしまうと、憐れとも同情とも言える感情を抱いてしまう。
恐らく、彼が苦しんでいるのは片腕を失った痛みがかつての何かを想起させたのかもしれない。
頭を掻き毟っているという事は、恐らく彼に与えられた聖痕はゼイオスの物だったのだろう。
だけど、何かが起きた。
本来なら決して叶う筈の無い所業を施されたのだから、何が起きてもおかしくない。
事実、あの怪物女は尋常ではない再生能力を持つに至っている。
彼にどのような変化が起きたかは知る由も無いけど、その身に疑似聖痕が無いという事は恐らく失敗したのだろう。
そして、当然それでは終わらない。
無理矢理手を加えた以上、その反動は必ずある。
それこそが、彼の今の姿なのだろう。
脳を掻き乱される感覚でもあるのか、或いは既にそれが破壊され尽くしているのか。
何にせよ、私が気に掛けた所でどうにもならないし、彼自身最早何も分からないだろう。
鎌の切っ先をディオに向け、全身に身体強化を掛ける。
それに反応したディオが掻き毟る手を止め、獣の様に体を沈め、飛び出す機を窺う。
ほぼ同時に互いが飛び出し、神殿の中央でぶつかり合う。
私の振るった鎌を左足の靴で強引に受け止めて蹴り返し、その勢いで右足を振り回す。
それを屈んで躱し、鎌の石突を半回転して晒されている背中へと突き立てる。
「グガアアアアアア!」
右の脇腹辺りに突き刺さった刃をそのまま押し込み、体を貫通させる。
だけど、それでも止まらないディオは左手で柄を掴むと、無理矢理体を捻って突き刺さる鎌ごと私を振り回した。
「ちょっ、何て出鱈目な!」
痛覚すらも失っているのかと思うその行動に面食らい、堪らず鎌から手を離す。
だけど、それで得物を奪えたと思ったら大間違いだ。
意識を向け、ディオを貫く鎌に黒炎を纏わせる。
「グアアアアアアアアア!!!」
体の内側から焼かれる激痛に絶叫を上げるディオ目掛け、
「これで終わりよ!」
鎌を手元に呼び戻し、全身を捻って反動を付け、刃を振り下ろす。
地下空間に静寂が満ちる。
私の足元にはかつて人だったであろう、今は魔導人形と呼ばれているディオの亡骸、その残骸。
私の一撃を受け絶命した彼は床へと倒れる事なく、燃え尽きた木の様にボロボロと崩れ落ち、灰となった。
これは私の黒炎の影響ではない。
魔導人形と化したが故なのか、その体は生命活動を止めたと同時に人の形を保てなくなった。
その末路をただ静かに見つめる。
だけど、ゆっくりと浸る暇はなさそうだ。
「それで?アンタはただ見てるだけ?」
何処へともなく言い放つと、私達が抜けてきた横穴の方から一つの影がゆっくりと出てきた。
その正体は、私を追っていた魔導人形の双子の片割れだった。
特に身構える事も無く、ただ無防備に立つその姿は、例えるならただの傍観者のようだった。
いや、実際地上で遭遇した時からもそんな雰囲気は纏っていた。
恐らく、奴は私とディオの戦いを観察していたのだろう。
その眼の向こうには、恐らくあの女が居る。
そっと鎌を掲げ、一気に駆け出して距離を詰める。
大きく振り被り、
「撤退する」
振り下ろす直前に奴の体が掻き消える。
空を切り、地面へと突き立った鎌を黒炎と共に消し、
「はぁ、逃げられたか」
抉れた地面を睨んで溜め息を吐く。
気を取り直して、地上へと出ようと一歩を踏み出し、最後に一度だけディオの遺灰へと振り返る。
崩落した大穴を魔法で飛び上がり、地上に舞い戻る。
大した時間じゃなかったはずなのに、太陽の日差しが懐かしく感じてしまう。
思わず目を細め、大きく息を吸い込む。
ようやく胸の痞えが取れた様な気分になり、全身を大きく伸ばす。
一頻り外の空気を感じた後、辺りを見回してみる。
これだけの大穴が開いているけど、近くに人気が無いからか特に騒ぎになってはいない。
まぁ今のこの国の状況じゃ下手に関われば命が危うい事もあるし、当然ではあるけれど。
ふと、視界の端に光を反射する物が写り込んだ。
「そういえば、いつの間にかまた海に近付いてたわね」
特に何かある訳ではないけれど、暗い地下に居たせいか広い海が見たくなった。
西大陸に来た直後は色々とあったし、海に浮かぶ物もあって風情も何も無かったからね。
それに、一暴れしたせいか少し空腹感もある。
辺りには魔導人形の気配も無いし、少し休憩しても問題はなさそうだった。
そんな訳で、私はさらに西へと足を向け、海へと向かう事にした。
かつて、多くの人が世界の果てを目指し、そして消えていった。
果たして、私の目にはその景色はどう映るのだろうか。