130 始まりの戦い
色々と準備を整えた次の日。
私は一人、静かに街を後にした。
ローダンとカイルにだけは軽い挨拶をしたけど、今度はどちらも引き留めようとはしなかった。
ただ、後の再会を願われたので曖昧に返事を返しておいた。
色々と思う所はあるけど、それでも帝国本隊の目を惹き付けて欲しいという考えは変わらないから、その動きに期待してしまう。
それで、今現在私は何処に向かっているかというと、今まで居た街から真っ直ぐ南下している。
ローダンとカイルからの情報で、そこにもう一つ大きな街があるという。
私が帝都で見つけた地図には載っておらず、二人から聞いた話によると帝国が周辺の国を滅ぼした後、亡国の住民達を労働力として徴収して作られた、正真正銘帝国傘下の都市だという。
どうやら、帝都の大半の機能はこちらに移されているらしく、帝都の惨状は皇帝が直接指揮して敢えて破壊したとか。
理由までは分からないけれど、少なくとも国民の意志などは当然の如く汲まれておらず、何なら少なくない死傷者も出て、その救助にカイル達や他の勢力も動いたそうだ。
話が逸れてしまったけど、その街には異能特務研究所も当然あり、彼らが調べた限りここが本部である可能性が高いそうだ。
どうやら、フィルニスは気紛れに研究所の本拠地を移すらしく、元は帝都にあったのだけど、気が付くと北に移動していたり、南に真新しい施設が出来ていたりと、とにかく所在を追うのが大変だそうだ。
そして今は件の新興都市を拠点に色々と動いているらしい。
私の目的を知るあの二人は、少しだけ躊躇いはしていたけどこの事を教えてくれた。
それには素直に感謝して、私は再び大陸を縦断する旅へと出たのだ。
道程としては一月掛かるか、といった所か。
途中、遠目に帝都を眺める事にはなるけど、寄る事は無い。
それに、そうするまでも無いかもしれない。
「、、、」
足は止めず、目も向けず。
だけど、気配だけは何時もより強く探る。
そして、遥か彼方に一つだけ、微かにだけどその存在を見つける。
「自慢したかったんでしょうけど、それは失敗だったわよ、フィルニス」
あの魔導人形共には一杯食わされたけど、そのお陰で奴らの存在は認識出来た。
あの怪物女もそこでようやく捉えられたから、余程気を抜いていない限りもう不意を突かれる事も無い。
これも聖痕の恩恵の一つではある。
特に、一度認識した別の聖痕についてはある程度距離が離れていてもその存在を認識できる。
勿論、それは相手も同じだし、意識すれば気取られない様にも出来るから基本的には役には立たない。
だけど、あの疑似聖痕とやらは流石にそこまでの能力は無いようで、今もこうしてコソコソしている奴の気配を察知出来ている。
逆に、相手は私の事を正確に終えてはいないだろう。
恐らく、魔法を炸裂させた後、ずっと監視をしていたのだろう。
本当にご苦労な事である。
そして、私からすれば寧ろ有難い事ですらある。
わざわざこちらから探す手間が省けたのだ、それもこんなに早く。
少しだけ進路を西に向ける。
帝都が霞み始め、小高い丘から海が僅かに見える辺りになった頃。
「そろそろかな」
まるで誰かに聞かせるように呟き、
「これが聖痕の聖女の能力、、、」
返るはずの無い返事が聞こえる。
海側を背に、帝都の方角へと振り返る。
そこに、いつの間にか現れていた人影が一つ。
この前、私の前に姿を現した魔導人形部隊。
その中に居た双子の片割れだった。
あの時は気付かなかったけど、こうして向かい合ってみると、まさに人形の様に無表情。
さっきの呟きも同様に感情を感じさせない平坦なものだった。
だけど、それ以上の言葉は互いに無い。
相手の右目が輝き、聖痕が浮かび上がる。
それは所々が歪で、それでも確かに大量の魔力を生み出していた。
「へぇ、改めて見ると、確かに自慢したくはなる出来ね」
フィルニスが造り出した疑似聖痕を観察しつつ、私も胸の聖痕に魔力を送り込む。
正直、右目の聖痕であるなら脅威にはならない。
魔力量だけで言えば当然厄介ではあるけど、その真価はそんな物ではない。
そして、今を生きる奴らがそれを知り、使いこなせる事は無い。
なら、気を付けるべきはそこではなく、、、
身動ぎ一つしない双子の片割れを視界に入れつつ、同時にさらに気配を探る。
今ここにある聖痕以外には特に何もない。
だけど、何か違和感はある。
それを捉えようとさらに聖痕に魔力を籠めていく。
その時、
「危険度上昇、ディオを解放する」
相手が小さく呟き、腕に付けていた魔導具らしきものに触れる。
直後、
「GAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAA!!!!!」
獣の様な咆哮が頭上から響く。
「またあの怪物女!?」
咄嗟に身構え、空を仰ぐ。
だけど、そこには何の影もなく、
「っ、しまっ!?」
突如、地面が陥没し、体が投げ出される。
そこに、陥没した穴から手が突き出てきて私の足を掴んできた。
崩落する地面の破片越しに相手の姿を探しだす。
そこに居たのは、あの怪物ではなく、またしても見た事の無い子供姿の魔導人形だった。