124 愚者の真実
帝国から大陸を解放する。
確かに、まだこの地には帝国に抗う存在が居るのは知っている。
それに、あの時彼等は北に向かうとも話していた。
それはいい。
だけどこの街は、即ち当時の領主であってであろうローダンは、その帝国の侵攻に際し、真っ先に恭順を示したという事も残されている。
事実、街の中には帝国の兵士が立ち、監視を行っている。
何よりも、街の雰囲気は暗く重い。
(もしかして、密かに反乱に与しているのを知っているから、住民は大人しくしている?だとすると、それはどっちの意味での沈黙なのか、、、)
彼の真意は何なのか。
私は敢えて言葉を返さず、ただ彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。
そして彼もまた、私を諮っているのか、ただ静かに私を見つめていた。
沈黙が続く。
流石、帝国の支配下に置いて長年代官を務めているだけあって、忍耐力はあるようだ。
だけど、私もその辺りには自信がある。
そうでなくとも、私が下手に出る必要も無いのだから、こちらから話をする気も動く気も無い。
紅茶を飲み終わる頃になって、ようやくローダンが口を開いた。
「成程、流石はあのフィルニスとやり合った事はある」
何故か満足そうに微かな笑みを浮かべ、紅茶のおかわりを注いでくれる。
「一人で納得してるところで悪いけど、私としては貴方の言葉を信じる理由が無いわよ」
「そうだろうな。私が一早く帝国に降ったのは有名な話だ。今も、私が貴女を皇帝に売る為の芝居をしてるとでも疑っているのだろう」
言葉の代わりに頷きで返し、紅茶を一口。
ソファの背凭れに寄りかかり、腕を組んでついでに足も組む。
正直なところ、彼の裏の顔にも大体予想が付いているけど、だからこそ彼の口から語らせたい。
それだけでなく、私に目を付けた理由もね。
そして、彼も私の考えに気付いているのだろう、これまたいつの間にか壁際に控えていた執事らしき男に目を向けると、執事が扉を開ける。
その向こうに居た人物に、私は少しの驚きと、それ以上の納得に目を細める。
「待たせたな」
「いえ、丁度来たばかりです」
入ってきたのは、私が西大陸に飛ばされたすぐ後に廃村で見掛けた、あの身形の良い男だった。
彼はローダンの隣に立つと、私に対して丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、グレイス様。ようやく、こうして向かい合う事が出来ました。私はカイル・ドリアネスと申します」
爽やかな笑みを浮かべながら彼、カイルは徐に私の横に片膝を着くと、そっと私の右手を取って甲に唇を触れさせた。
「突然の無礼をお許し下さい。我々は、いえ、私は、貴女の存在を知ってから、この日が来る事を待ち望んでおりました」
いきなりの事に目が点になりそうだったけど、何とか平静を装う。
それよりも、彼の発現の方が重要だ。
「それはつまり、貴方達も皇帝と同じく、中央大陸に人を送り込んでいるという事ね?」
「はい。多大な犠牲を払い、何とか一人だけですが。勿論、彼の皇帝とは目的は異なります」
甘やかな笑みを陰らせ、カイルは左手で胸を掻きむしる様に抑えて続ける。
「西大陸は既に皇帝によって事実上支配されました。その皇帝が、数年前から突然中央大陸にも目を向ける様になり、我らもその理由を調べていました」
「それが私だった。聖痕の聖女としてフェオール王国が大々的に喧伝した成果があったワケね」
私の皮肉が通じたのか、カイルも、それにローダンまでも苦笑いを浮かべた。
「ええ。無論、頭からその事を信じた訳ではありません。ですが、皇帝が動いた以上は何かあると感じ、我らも行動したのです」
真摯な眼差しを私の目に向け、ここまで握りっぱなしの私の右手を両手で包み込んでくる。
「重ね重ね無礼ではありますが、我らもまた、貴女の力をお借りしたいのです。皇帝ゼイオス・ゲルン・ウルギスを打倒し、この大陸を、そこに住まう無辜の民を救う為に」
「私からも頼みたい。幾つかあった抵抗組織も殆どが彼奴らに壊滅させられた。悔しいが、既に我らだけで事を成し遂げる力は残されていないのだ」
カイルに続き、ここまで決して頭を下げなかったローダンまでもが立ち上がって深く腰を折る。
彼等の言い分は分かった。
まぁ、まだ私がこちらに来た事を知っている理由を聞いていないけど、今は一旦置いておく。
足を組んだまま、私は彼等を観察する。
片膝を着いたまま両手で私の右手を包み、頭を下げるカイル。
立ち上がり、深く腰を曲げて微動だにしないローダン。
二人の言葉に嘘は無かった。
聖痕を使うまでも無く、二人からは心からの言葉と態度が明確に示された。
なら、私の答えは一つしかない。
「二人の考えは分かったわ。だから、偽りなく返事をさせてもらうわ」
微かに、右手を握るカイルの手に力が籠る。
そこに込められた思いが何なのかに気付き、私はそっと息を吐き出し、その手の上に左手を重ねる。
カイルの前身に緊張が走るのが分かり、少しだけ呆れる様に笑みが浮かぶ。
高まる緊張の中、私は口を開いた。
「お断りするわ。そっちの事情に勝手に巻き込まないで」